寺川綾選手は2001年の世界水泳に出場し、
美人高校生スイマーとして注目を浴びた。
大学2年時に出場したアテネオリンピックでは8位入賞を果たし、
次のオリンピックでのメダルが期待されたが、
北京オリンピックでは代表選考で3位。代表から漏れた。
状況的には引退してもおかしくなかったが、
その彼女が新たなチャレンジとして平井コーチの門をたたいたのは
2008年の暮れのことである。
寺川選手が平井コーチのもとを訪ね「指導を受けたい」と言った時、
平井コーチは一度断った。
1つには(もう社会人にもなる年齢なのに)たいして才能が見出せないからであり、
最大の理由は「何のために泳いでいるのかが感じられなかった」からである。
それで「本当に水泳を続けたいのか、もう一度考えてこい。」と追い返したが、
寺川選手が必死に頼むので
「じゃぁ試しに合宿に参加してみるか」ということになった。
しかし実際指導を始めてからも、早く辞めてくれないかなと思っていたそうだ。
というのも、彼女は「でも…」が多く、自分の今までの型にこだわって
アドバイスを素直に取り入れることができなかったり、
どこか辞めるタイミングを探しながら続けているようなところがあったりしたからだ。
彼女にとっては練習内容も初めて経験することばかり。
一日に○km泳ぐとか、○mを○本泳ぐといった練習は今までもやっていたが、
平井コーチのもとでは○mを○分で○本泳ぐといった
常に時間制限のある中でのハードな練習である。
自分よりもベストタイムの遅い中学生ですら、
その練習を平気でこなしているのに、
オリンピックまで出たことのある自分が
最初は全然ついていけなかったことに愕然とした。
「ただ泳ぐ」のではなく、「考えて泳ぐ」、
ただ練習するのではなく意味のある練習をする。
そういった平井式では当たり前のことを、自分は今まで全くやってこなかった。
段々と泳ぎを見ているにつれ、平井コーチは寺川選手の素質に気づく。
「これは速い」
何かのテレビで解説をしているのをたまたま聞いたが、
寺川選手の手は水面ギリギリをかくらしく、それはなかなかできないことだそうだ。
だが彼女はもうすでにベテラン。
長く競技を続けていれば成功体験もあるが失敗体験も増える。
そして彼女は小さい頃から「できる人」と見られていた選手である。
何かを始める前から結果を先読みしてしまうのである。
平井氏の分析によれば、
「新たなチャレンジで目が開かれて自分がひと回り大きくなり、
失敗しようが成功しようが、『もっともっとチャレンジしようとする』」人。
「失敗を恐れてチャレンジをやめてしまう」人。
「失敗しそうなチャレンジは避けて、成功しそうなチャレンジを続ける」人。
とあるが、彼女はアテネオリンピックで自己ベストに遠く及ばない成績で
200mを泳いだ記憶からか、
「自分は200mには向かない」とか「やりたくない」とか、
自分の経験と感情でやる、やらないを判断するようなところがあった。
しかし、やりたくないことから逃げていては先はない。
辞めたいなら辞めてもらっても結構とばかりに平井流を押し付けた結果が、
今回のロンドンにつながった。
平井コーチはことあるごとに寺川選手に
(才能があるのに)「もったいない」と繰り返したそうだ。
年齢的には第一線を退いておかしくない年ではあるが、
最近彼女は「今後の目標がないのはちょっともったいないかな。」と
現役続行の意思を見せている。
自分が伸びているのを実感できる時に辞められるわけないよなと思う。
平井氏は「できる人」と「伸びる人」は必ずしもイコールではないと言うが、
それは本当にそうだと思う。
小さい頃には天才とか神童と呼ばれていたのに、大人になるとただの人。
なんてことは、よくある話だ。
「でも…」とか、「だって…」とか、「どうせ…」なんてことを言わずに
まずやってみる!
無理と言ってしまったら、そこでおしまい。
そう思う。