別の塾で教えていた時の話である。
その塾は中学受験だけでなく、高校受験も大学受験も面倒を見ている塾だった。
ある年、中学3年生になった男の子が入塾してきた。
1年後(正確には1年もない)の高校受験のためである。
塾に通い始めるのが少し遅い気もしたが、
本人が「高校には行きたい」としっかりこちらの目を見ながら言うので、
受け入れることになった。
ところで、塾に通い始めるのが遅いタイプには2種類いる。
1つは、塾に行かなくても学校の勉強(あるいはプラスα)くらいなら
問題なくこなせていて、最後の1年だけテクニックや情報を得るために塾に通うタイプ。
もう1つは、全くと言っていいほど勉強をやってこなかったタイプだ。
残念ながらこの男の子は後者だった。
入って間もない頃、作文を書かせたことがあったのだが、
「ま゛くは……」と、
なんと彼はひらがなの「ま」に濁点を付けたのだった。
彼はいたって普通の中学3年生。
友達と冗談を言いあったりふざけたりするような、
どこにでもいる中学生らしい中学生だった。
でもその作文は僕には衝撃だった。一応ミスかと思って聞いてみた。
「これ何て読むの?」
そうしたら「ぼくは…」と答えるのである。そう、つまり彼は約15年間、
ひらがなの「ぼ」は「ま」に濁点をつけるものと思っていたのである。
僕が驚いたのは、このおぼえ間違いが約15年も見過ごされてきたことである。
小学生の頃に学校で書かされる作文に、
男の子が「ぼく」と書かないなんてことはありえないと思う。
男の子の書く作文は、「ぼくは」「ぼくは」のオンパレードだと思う。
一度でもそれを読んでいたら、この子がひらがなの「ぼ」を
間違えておぼえていることがわかる。
学校の先生もご両親(この子のご両親は健在だった。)も、
この子の作文を読んだことはなかったのだろうか。
とにかく彼は、この間違いを指摘されたことが一度もなかったと言う。
彼は、運動が得意とか、特技を生かした入試を受けることができるほど、
何かに特別秀でていたわけではなかったし、
勉強も中3の段階で知らないことが多すぎたが、
なかなか男気のあるナイスガイで、1年間よく頑張って志望の高校に入った。
ご両親に子どもの勉強をつきっきりで見て欲しい!とは思っていないのだが、
彼のようなパターンはさすがにかわいそうだと思う。
どこで躓いているかに気づいてあげて、どう頑張ったらいいかを伝えただけで、
彼はちゃんと頑張れた。