以前、高校受験の指導もしていた頃の話であるが、高校受験をする子、
つまり、公立中に通っている子に、「この子すごいな!」と感心する子が毎年のようにいた。
人の話を聞く姿勢がよく、教えたことを素直に吸収しようとする。
指示したやり方を完璧なまでに再現し、応用してみせる。
宿題だけでなく自主課題にも真面目に取り組み、当然のようにテストの点数も良い。
実技教科も手を抜かない上、素行も良い。だから、内申点にも困らず、
地域のトップクラスの県立高校へ当然のように進学していく。
誤解を恐れず言うのであれば、中学受験を選ぶ子で、ここまでバランスの良い子は、
あまり見かけない。むしろ、公立中に通ったら内申に苦労しそうな子の方が多い。
だから、先の子たちは、本当に素晴らしいと思う。
ただ、そんな子たちを見ていて、私はときどき、余計なことを考えてしまっていた。
本当に余計なことなので、本人やその親御さんに伝えたことは一度もないが、
世の中には、彼らのようなバランスは備えていないけれど、
数学なら突き抜けている子、歴史なり生き物なりだけ、ぶっ突んだマニアな子がいる。
そういった子と10代前半のうちに出会っていたら、どうなっていただろう?
面白がれたかな?化学反応が起きたかな?そんなことを考えてしまうのだ。
教科書には載っていないような、簡単には答えの出ない問いについて、
同じくらい聡明な仲間と考え、論じ合う機会がもしあったら。
「よくできる子」と皆から思われた中学生だったけれど、
自分だけが(できる子として)目立つことのない環境にもし身を置いていたら。
もっと驚き、もっと感動し、もっと知りたいと思うことがあったのではないか。
もちろん、公立中学へ進む道が悪いと言いたいのではない。
その道で充実した学校生活を送り、希望する大学まで進学する。
例えば、そういう人生も十分に素晴らしい選択だと思う。
ただ、公立中では、さまざまな学力や興味を持つ生徒たちが一緒に学ぶ。
そのため、授業は多くの生徒が理解できる内容で進められる。
高校受験のための学習も、基本的にはその枠組みの中にある。
もちろん、公立中に通いながら高度な学習に取り組むこともできるし、
学校や先生によっても違いはある。私立が必ずしも特別なわけではない。
それでも、もっと難しいことを知りたい、もっと深く考えたいと思う子にとって、
別の学習環境が大きな刺激になった可能性はある。
そうした環境の違いは、実際に身を置いてみなければ分からないことも多い。
ご両親が公立中学から公立高校へ進学した場合、
そして、子どもも学校の勉強ができているような場合、
わざわざ中学受験をする必要はない。そう考えるのは、ごく自然なことだと思う。
当然、費用の問題もあった。だが、教育費をめぐる状況は変わり始めている。
私立高校の授業料が実質無償化されるという話が東京都を皮切りに始まっている。
もちろん、それで塾の費用がなくなるわけではないが、それでも、
これまで費用を理由に私立を選択肢から外していたご家庭にとっては、
進路を考える条件が変わりつつあるのではないだろうか。
中学受験をすること自体が目的ではない。難関校に進学することだけが正解でもない。
ただ、子どもには、まだ自分でも気づいていない可能性がある。
その子は、もっと難しいことを知りたいと思う子ではないだろうか。
もっと考えることを楽しめる子ではないだろうか。
そして、そうした力を伸ばせる環境が、他にもあるのではないだろうか。
彼らが今どんな日々を過ごしているのかを知っているわけではない。
だがもし、結婚して子どももいて、その子に中学受験をさせようとしていたら・・・
もしかしたら、そういう気持ちが(実は)あったのかもしれない。
そんなことを今でもたまに考えるのである。
