しかし、そうは言っても、「身の丈に合う問題ばかりやっていたら、
上のレベルの子たちに一生追いつけないという恐怖心があって・・・」
と思う人もいらっしゃるだろう。心配されていることはよくわかる。
だが、ここで誤った解釈をしてしまうと、
時間と労力を浪費して、疲弊するだけで終わってしまう。
まず、「身の丈に合う」という言葉の意味は、決して「簡単な」という意味ではない。
もしかしたらその「身の丈の」問題は「基本的な」問題であったかもしれないが、
この「基本的な」という言葉の意味するところも、決して「簡単な」ではない。
中学入試においての基本的な問題は、
入試で「差のつく」問題、「合否の分かれ目」となる問題である。
だから、それらにきちんと取り組むことには、大きな価値がある。
そして、その「身の丈」レベルの問題を、何問解いても毎回正解できるレベルなら、
次のレベルに安心して進んでいいと思うけれども、
2回に1回、3回に1回ペースで間違えてしまうのに、
(1つ前のブログで例に挙げた)10問全部をやらせようと気がはやるあまり、
もうこのレベルはできた!何とかなる!と早合点して先に進むと、
振り返ったときに、手元に何も残っていない状況に陥ることになる。
「身の丈に合わない」「ハイレベルな」問題をやってはいけない!というのではない。
むしろ、そういう機会も積極的に設けるべきだと思う。
だが、難しいことをやらせたい場面には、
今日中に「これができなきゃいけない」、週末までに「あれもできなきゃいけない」
というプレッシャーは適していないと思う。少なくとも今の時代は、
難しいことにチャレンジする場面では、失敗してもいいという安心感を必要とする。
蛇足になるが、私が「算数オリンピック」を勧めるのは、こういった理由である。
算数オリンピックでは、たとえ0点でも何の不利益も被らない。
全国の、算数がめちゃくちゃ好きで、むちゃくちゃ得意な人たちに点数で負けたとて、
自分の何かが否定されたり壊れたりすることもない。
上位入賞者など、良い点数を取れた子のことをすごいと思う気持ちはわかるけれど、
点数の良い人だけが頑張ったのではなく、どの子も全力を尽くそうと頑張ったはずで、
そのこと自体が素晴らしいのである。
しかも、「上には上がいる」ことを知れる機会である。
その道のトップのレベルを感じられる機会は、
(特に上昇志向のある人にとっては)とても貴重な機会となるはずである。
と、少々横道に外れてしまったが、チャレンジする機会は別に設けつつ、
日々の勉強では、足元を確かなものにした方がいいので、
「達成度」は「その子なり」であった方がいいと思う。
