学校の学年が上がります。ペースを掴めるまでは焦らずに!

議論の種(前編)

3年ほど前に、日能研のトップである小島氏が

「東大に入るにはまず遺伝だ。

自分の家系に東大卒が一人もいなければあきらめろ。

合否を決める要因の80%は遺伝、残り20%は突然変異かまぐれだ。」

と、このようなことをテレビでおっしゃった。

あまりに衝撃すぎる発言だったので、当然のように物議を醸(かも)し、

よくも悪くも世間を賑わせた。

「塾の先生にこんなことを言われたら身も蓋もない!」「暴言だ!」

「日能研は大学受験の塾ではないだろう!」…

と、反対意見も多く飛び交った。

もし勉強(のできるできないの根拠)の大半が遺伝で片づけられるとしたら、

やっていてこんなにやりがいのないことはないが、

「子どもの頃、親に勉強しなさい!と言われた経験がない」東大生とか、

「勉強しなさい!と言ったことがない」東大生の親とか、

そういった話はよく耳にする。

『勉強しなさい!と言わない=東大に入れる』わけではもちろんないから、

勉強しなさいと言わなければいいというものでもないが、

勉強を勉強とも思わずにやれる環境を

(あまり意識もせずに)整えられるような家庭があるのなら、

本当に素晴らしいと思う。

この「80%は…」という発言の真意は、

小島氏の発言を好意的に捉えるなら、そういうことだったのかもしれない。

一方、小島氏は「帰国便利帳」という帰国子女のための雑誌の中で

こんな話もされている。

『大人はよく「今の若い人たちは……」ということを言いますが、

子ども自身は基本的に変わっていないと思います。

小学生くらいまでは純粋無垢のままです。変わったのは子どもたちの周囲にいる

大人や社会といった“環境”であると思っています。

子どもたちは大人がつくった環境の中でさまざまなものを吸収し、

成長するわけです。

ですから、これから日本が考えていかなければならないのは、

大人がどういう環境をつくるのかということなのではないでしょうか。

最近よく、「コミュニケーション能力のない若者が多い」と聞きます。

でもそれは、仕方のないことなんです。

だって、彼らはコミュニケーションの実体験が非常に少ないんですから。

核家族化や少子化が進んだことによって、祖父母・兄弟・姉妹といった

身内とのコミュニケーションが減りました。

そして、携帯電話をひとり一台持つ時代となり、

かけたい相手にダイレクトにつながるおかげで、

「○○さんいらっしゃいますか」という会話の経験すらない。

彼らにコミュニケーション能力がないのは当然ですよね。

そして、こういった社会環境をつくったのはほかでもない、大人です。』

断っておくが、僕は小島氏の発言の揚げ足を取ろうとか、

日能研の価値を下げようとか思っているわけではない。

こういった発言が是か非かは、立場や状況によっても違うと思う。

僕はただ、現在の教育問題や社会問題について、

反論を覚悟のもと発信し、議論することは必要なことではないかと思っている。