紀元前210年に秦の始皇帝が亡くなると、
その末っ子である胡亥(こがい)が長男の扶蘇(ふそ)を殺して即位した。
翌年紀元前209年、農民の陳勝(ちんしょう)と呉広(ごこう)は、
900名の農民と万里の長城の守備へと向かっていた。
しかしその途中、大雨で道が水没し、期日までにたどり着くことが不可能になる。
秦の法律ではどんな理由があっても期日までに到着しなければ死刑である。
どうせ殺されるならと、陳勝と呉広は反乱を決意する。
これが中国史上初の農民反乱「陳勝・呉広の乱」である。
その陳勝がまだ反乱を起こす前の話。
ある日、仲間たちとともに田を耕しているとき、
陳勝はふと、仲間の者たちをふりかえって言った。
「将来俺が出世をしても、お互いに忘れないようにしようぜ。」
「出世!?俺たち農民なのに…!?寝言は寝てからにしろよ!」
と仲間の百姓たちは笑った、
陳勝はその言葉が悲しかった。
俺の気持ちはここにいる人たちには通じないのだ…。
彼はため息をついて言った。
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」
(えんじゃくいずくんぞ、こうこくのこころざしをしらんや)
(燕や雀のような小鳥には、大鳥の大志はわからない!)
そんなの無理無理!やめときな!と、止める人もいるかもしれない。
ひょっとしたら笑う人だっているかもしれない。
でも…
「ぼくは大人になったら 世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。
世界一になるには 世界一練習しないとダメだ。
だから今ぼくはガンバっている。今はヘタだけれどガンバって必ず世界一になる。
そして世界一になったら大金持ちになって親孝行する。
Wカップで有名になってぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。
そしてレギュラーになって10番で活躍します。」
と小学生の頃の作文に書いた本田選手は、
今本当にイタリアセリエAの名門クラブACミランで10番を背負っている。
まだ小学生のみんなは、いくらでも大きな夢を持てばいいじゃないかと、
声を大にして言いたい。