「◯◯のおかげで合格できた」
もし、こんなことを子どもに言われたら、大人だって、そりゃ嬉しいと思いますよ。
お世辞や社交辞令だと薄々気づいていても、褒められたり感謝されたりしたら、
大人だって嬉しくはなるんです。木にだって登っちゃうかもしれません。
でも、子どもの頑張りを、大人が丸ごと奪っちゃダメですよね。
それこそドラマなんかには、部下の功績を自分の手柄にして横取りする
上司や先輩がよく登場しますけど、あれを見てムナ◯ソ悪く感じるのであれば、
同じことをやったらダメだと思います。
もちろん、子ども自身が「◯◯のおかげ」と思えたのなら、
その感謝の気持ちを伝えるのは良いことだと思います。
でもここで、「そうだろうそうだろう」「私のおかげだろう」
「私のおかげであなたは合格できたんだよ!」「私ってすげぇ!」
なんてことを大人が思っていたら、だいぶ不細工、だいぶお下品な気がします。
「テストについては、過去の問題から(私が)傾向を分析し終えている。」
「私が用意した対策プリントをやれば大丈夫!」
「私が立てた予定通りに勉強していればいい!」
「余計なことはしなくていいから、私の指示通りにやりなさい!」
「合格までの道筋は、私が見えているから!」
一見、とっても頼もしいですが、ここまでくるともはや、
主役が子どもではないように思います。
最初は仕方ないと思います。
子どもは勉強のやり方を知らないわけですから、
『私たち大人』がある程度、強制しないといけないこともあると思います。
例えば、テレビを見ながら勉強する、頬杖をついて片膝を立てて勉強する、
適当に空欄を埋めて、間違えた答えを赤ペンで写して終わり……。
こういう勉強をしていたら、「私の言う通りにやりなさい!」
と、取り組む姿勢を矯正することも必要です。
しかし、ずっとそのままでは良くないと思うのです。
もちろん、ある程度勉強ができるようになってきたとしても、子どもは子どもです。
受験を初めてするのであれば、サポートは最後まで必要です。
ただ、そうだとしても、主役は子どもでないといけないと思いますし、
子ども自身に「主役は自分だ」と気づかせることが大事だと思います。
勉強面のみならず、メンタル面のサポートも『私たち大人』の重要な役割です。
しかし、受験結果がうまくいったからといって、
「自分のサポートのおかげだ」と、子どもの成長や合格した学校を
自分のトロフィーのように扱うのは、子どもからしてもおもしろくはないと思います。
子どもの頑張りを、大人が自分の手柄のように横取りしてしまうのではなく、
できるだけ陰ながらサポートし、時には引き立て役に回る。
そして、「合格できたのは自分が頑張ったからなんだ」と、
子ども自身に自分の成長を実感させてあげる。
中学受験における『私たち大人』の役割は、
そういうところにあると思うんですよね。
