同じ授業を聞いていて、どうして差がつくのか。
もちろん、予備知識の有無や、基礎学力の差が原因となることもある。
だが、そうした事前の差がほとんどないはずの場面でも、
授業後にははっきりと差が生まれる。それはなぜだろうか。
「結局、頭の良さの差なのでは?」と思うかもしれない。
しかし今の時代、事態はある意味でそれ以上に深刻である。
頭の良し悪し以前に、学びのスタートラインそのものを左右する要素がある。
それは、「話を聞けるかどうか」だ。
例えば、先生が「1ページ目を開いてください」と指示したとする。
この程度の指示に、予備知識も基礎学力も頭の良さも必要ない。
にもかかわらず、小学校の先生に聞けば、その場ですぐに1ページ目を開ける子どもは、
良くて8割、場合によっては6割程度ではないかという話を耳にする。
指示が少し長くなったり手順が増えたりすると、その割合はさらに下がる。
「2ページ目の5行目を見てください」
たったこれだけでも、「2ページ目を開く」と「5行目を探す」という
二つの指示が含まれるため、途中でついていけなくなる子が出てくる。
しかも、この傾向は学力層を問わない。
進学塾の上位クラスでも年々増えているし、
小学生だけでなく、中学生や高校生にも見られるという。
なぜ話を聞けないのか。その理由は一つではないだろう。
何度でも巻き戻して見られる動画に慣れたからなのか。
スマホを見ながら会話することが当たり前になったからなのか。
あるいは、人の話に被せてでも発言した者が目立ち、
声の大きい者が主導権を握るような風潮の影響なのか。
原因はともかく、人の話を聞く力が以前より重要になっていることは間違いない。
これからの時代に必要なのは、
コミュニケーション力やプレゼンテーション力だと、長年言われてきた。
しかし、それらは単に自分の意見を発信する力ではない。
コミュニケーションもプレゼンテーションも相手がいて初めて成立するものであり、
その前提として、人の話を正確に聞く力が欠かせない。
かつては「日本人はもっと自分の意見を言うべきだ」と盛んに語られた。
しかし、ただ話せばよいわけではない。
まず聞けなければ、対話そのものが成立しないのである。
同じ授業を聞いているのに、なぜ差がつくのか。
そう考えてきたが、もしかすると問いそのものが間違っているのかもしれない。
実は、全員が同じ授業を聞いていたわけではなかったのである。
