「栄光学園に合格した子」と聞いたら、成績優秀な子を想像することと思う。
もちろん、否定はしない。だが、最初から成績優秀だったかというと、
そうでもなかったということもある。(←失礼な言い方ではあるけれど。)
栄光学園に合格した子の中に、特に算数のできる子がいた。
だが、その子が塾に入った4年生時には、算数に『光るもの』を感じていなかった。
塾でおこなう月1回のカリキュラムテストは、毎回、全体の平均点くらい。
算数に限らず、どの科目もおおよそ平均点で、
4年生の間、そこに大きな変化はなかった(と記憶している)。
ちなみに、その子の上の兄弟に関しては、中受は考えなかったと聞いていたし、
その子に関しても、公文などの習い事はしていなかったとのことだったから、
幼少期からの早期教育だとか、中学受験絶対だとか、
そういうゴリゴリのご家庭ではなかったはずである。
ところが、塾での学年が5年生になったあたりから化け始めた。
算数は常に学年上位で、トップ3にいるようなレベルになった。
この頃、お母様に聞いた話では、
「算数が楽しくてたまらない」と言っているらしかった。
算数を担当している立場からすると、率直に嬉しかった(笑)。
4年時には、算数の「おかえり問題」(計算中心のプリント)でも
苦戦していたような子が、易々とは解けない算数の難問に、
何分、何十分どころか、ときには数日間をかけて立ち向かうようになった。
東野圭吾「ガリレオ」に登場する湯川教授のような計算式とメモ書きを持って、
「丸付けお願いします」と来るのである。
そうして5年生の秋冬の頃には、5年生用の算数のプリントを解き終えて、
6年生用、受験期用の応用課題にまで(個別課題として)取り組むようになっていた。
(ちなみにこの学年には、もう1人そういう子がいた。)
もちろん、そのとき彼はまだ5年生だったので、
知らない(教わっていない)考え方や解法があったりして、
その課題は相当大変なはず、たくさん質問に来ないと進められないはずだった。
ところがところが、考えることが楽しくなっている彼は、時として
教えていない解き方までをも、自分で見つけ出してくるようになったのである。
「(根性で)調べ上げたら規則が見つかったので、それを使って解きました。」
「これで考え方は合ってますか?」
とこんな調子で来るのである。
彼は、理科や社会には、好きな単元と、そうでもない単元があったようだし、
国語にいたっては、そもそも好きそうではなかった(笑)けれど、
最終的には、全部頑張っていた。
むしろ、好きじゃないものを頑張り切ったことがすごいと思う。
栄光に合格したという結果しか知らない人は、その子の何が優秀だったかを見ない。
元から優秀だったんでしょ!生まれつきの地頭が違うんでしょ!と、
その子の頑張りや変化に目を向けない。
確かに彼は優秀だ。
だが、その優秀さは天賦の才というよりも、姿勢にあったのではないかと思う。
