学校の学年が上がります。ペースを掴めるまでは焦らずに!

センター試験廃止について思うこと(いまさらですが)

2020年度に予定されている大学入試改革。
センター試験を廃止すると発表されてから、もう2年半経つけれど、
相変わらず確実なことはよくわからない。文科省の言い分は
従来のマークシート型のセンター試験は知識偏重なので、
もっと思考力や判断力、表現力を評価するテストにしたい
と、こういうことらしいが、とにかく課題が多い。
(多すぎて、挙げ出したらきりがない。)
むしろ、実際の現場で教育に携わる人たちからは、すでに(改革を始める前から)
センター試験で十分。センター試験の方が良かった。
という声が上がっている。

話は横道にそれるが、入試でまで表現力(プレゼンテーション力)を求めることには、
少々ナーバスな問題があると思う。
記述式の問題ならまだいいが、英語でいうところの「話す」の能力を
重視し過ぎるのは、いささか怖い。

というのも、表現力ももちろんあった方がいいし、
あった方が社会に出てからも有利だとは思うけれど、
それを求め過ぎると、例えば内向的な性格であるがために
才能を評価してもらえない子が出てくるかもしれない。
色んな性格の子がいていいと思う。
プレゼンが苦手というだけで、居場所を奪ってしまうとしたら、それは違うと思う。

さて、話を戻すと、思考力はもちろん大切である。
塾でもよく「考えろ!」という。
考える力を着けることは、生きていく上で必要なことである。

しかし、大人の中にだって、例えば数学を苦手とした人はたくさんいる(と思う)。
「全然ひらめかない!」「どうやって解いていいかわからない。」
「そもそも問題文が何を言ってるかさえわからない。」
と、こんな理由で数学を敬遠していた人は結構いる(と思う)。
そして、そういう人が数学のテストにどう対処していたかというと、
解き方のパターンや公式をとにかく暗記して、乗り切っていたんじゃないかと思う。

思考力が大切なのはみんなわかっている。
でも、思考力を伸ばすのって、口で言うほど簡単じゃない。
だから、パターン暗記で乗り切ろうとする。
それって、そんなにいけないことだろうか。

話は飛ぶけれど、サッカー日本代表監督が突然解任された。
その解任劇について、元日本代表の中田英寿さんがコメントを求められ、
こんなことを言っていた。

「日本人の選手は基本的に勤勉というか、真面目に指示されたことはきちんとやる。
僕はうるさいなと思っていましたけど、
(2002年日韓ワールドカップ時の代表監督である)トルシエは
細かく細かくやったからこそ、チームが成熟したんじゃないかなという気がします。
だから、きちんとした組織のルールづくりをバランス良くできれば……。
どういう動きをして、どうパスをまわせばチャンスがつくれるか。
パターンをたくさん覚えていった方が確率はいいんじゃないかと思います。
それができるだけの真面目さと能力はあると思います。」

サッカーの世界でさえ、こうなのである。
日本人のサッカーには、自主性とか創造性が足りないなどとよく言われるが、
想像力や創造力が豊かであることだけが評価されるのであれば、
本当に一部の人にしか光は当たらなくなってしまう。
もちろん、そういう才能に、観ている人は魅せられるのかもしれないが、
一方で、言われたことを真面目に、そして忠実にやれる能力も立派な能力であり、
その力を磨けば磨くほど、豊かな才能の人とも互角に渡り合えるのだと思う。

だとすれば、現段階では思考力が弱い子でも力を発揮できるように、
パターン化されたテストを、一次テストとして実施する。
それはむしろ必要なことなのではないだろうか。