僕はずっと、スポーツというジャンルは特に、
生まれ持った資質や才能がまず重要で、
努力だけでは到底どうにもならないものがあると思っていた。
そして水泳も当然、そういう世界だと思っていた。
北島康介選手は1996年、中学2年生の時に
平井伯昌コーチに才能を見出されたというが、
当時の北島康介はガリガリに痩せていて身体は硬く、
記録的にもずば抜けたところはなかった。
他のコーチから「こんなへたくそな選手は、平泳ぎをやめさせろ!」
と言われることまであったという。
また今でも故障を起こしやすいし、風邪をひくと10日から2週間は
休まなくてはいけないくらい身体が弱いそうだ。
にもかかわらず、平井コーチはオリンピックに向けての強化選手に
その北島を推した。
理由は「物静かだが、目にものすごく力がある」と感じたからだという。
オリンピックのような大舞台で戦うには、
肉体的にも精神的にも強くなければならないが、
北島康介にはそれに耐えられるだけの強さがあるのではないかと
直感的に思ったのだそうだ。
北島選手は1対1で話している時はもちろん、
他の選手を指導しているような時でさえ、
平井コーチの目をじっと見て、全身を耳にして集中して聞いている。
平井コーチが「康介、おまえはいける。勝てるぞ!」と言うと、
「そうだ、俺はいける!勝てる!」とそのまま信じてやれる。
何かをやろうというとき、「できる、できない」などと考えず、
真っ直ぐに行動する心の強さがある。
横(他人)を見たり、上(の人)の顔色をうかがったりせずに
自分の可能性を信じて突き進む。
そうした集中力と素直さこそが、彼の一番の長所なのだろう。
生徒を指導している時、
「この子は優秀だから、多少態度が悪くても目をつぶろう。」などと
つい思ってしまうようなことはあるが、
世間には同じくらい優秀な子がごまんといるわけで、
大切なのは「真剣さ、忍耐力といった精神力、心の資質だ。」と
平井氏は言う。
そして実力があって普通にやれば成果を出せるはずなのに、
最後に負けてしまうような人は、
その「心の資質」を鍛えてこなかったからだと言う。
自分の能力にかまけて努力するのをさぼったり、
できないのを持って生まれた才能のせいにしたりするのではなくて、
素直に集中して取り組む姿勢を身につけてもらいたいと改めて思った次第である。