「まだ4月!焦んなくて大丈夫!」「やることやってたら全然問題ない!」
と、塾の先生は思っている。6年生に対してでさえ、そう思っている。
だが、親はなかなかそう思えない。
「じゃぁこのままで本当に合格できるの?」「どういう根拠で?」
「それで合格しなかったとしても、塾が責任取ってくれるわけじゃないでしょ?」
「やることやってたらって先生は言うけれど、ウチの子は本当にやることやれているの?」
と、不安でいっぱいだったりするかもしれない。
そういう経緯で、間近に迫った大型連休では、
弱点補強をスローガンに猛勉強のスケジュールを立てたり、
家庭でそれを請け負える自信がないから、個別や家庭教師を併用したり、
有料のGW特別講座に申し込んだり・・・を検討するのだと思う。
それで、塾と家庭でこうした乖離が、どうして起きてしまうのかであるが、
パッと思いつく原因は2つある。
1つ目は、塾だけがゴールまでの道のりの長さや勝負どころなど、
(受験の)全体像が見えているということ。
2つ目は、受験生としての意識が育っていないタイミングの勉強が度を超えて、
子どもが潰れてしまうほどの負荷になるのを、塾は怖れているということ。
言い換えれば、入試まで半年以上あるうちに、
強制的にでも勉強させないと、間に合わないかもしれない!というリスクと
焦って勉強をやらせたことで子どもが潰れて、受験どころではなくなるリスクとを
天秤にかけつつ、この時期に、親の不安を発端にした勉強をさせたところで、
(受験後に)振り返ったときに、あのGWの過ごし方が良かったんだね!
というような効果を感じたことが(経験上)少ないということに行きつく。
そういうわけで、塾の先生は「様子を見ましょう」と言うのである。
しかし、非常に難しい問題である。私もスッキリした解決策を提示できない。
ここが中学受験の大変なところである。
すなわち、親は、幼い子どものできていないことを見つけては、
大きな失敗にならないようにと、様々な場面で口を出したくなるものであるが、
主役はあくまでも子どもなのだ。
親が子どもの不安まで先回りするのは、さすがにやりすぎである。
けれども、そう言われて親の不安が消えるわけではない。
「子どもを潰してしまっては元も子もない」
「GWの猛勉強が学力上昇のきっかけになったと感じたことが少ない」
そんな風に言われても、「それなら勉強しない方がいいわ!」にはならない。
先生の言葉を頭では理解できても、心が納得できるかは別である。
ここが、「中学受験は親の受験」と言われる所以だと、私は考えている。
つまり、「中学受験は親の受験」という言葉の意味するところは、
子どもの勉強管理を親がしなければならないという意味ではなく、
親の「子どもの成長を信じて見守る力」が試されている
という意味なのではないかと思うのである。
