フィクションその2

その子は小学生の頃からとても一生懸命な子で、
中学受験では、受けた学校全てに合格した。
そして、第一志望校(附属校ではないが、進学校でもない)に進学した後も、
中学三年間、真面目に勉強し続け、常に学年のトップにい続けた。

しかし、その子が高校に上がるときに、
「(大学は)国立を目指したい」と、学校の先生に相談したのだが、
「入る学校を間違えたね。」「ウチじゃ無理だよ。塾に行って!」
と言われた。

 

もちろん、高校というところは、大学入試突破のためにあるわけではないので、
「国立を目指したい」と先生に言ったとて、それに対して役に立つ
具体的な何かを提供してくれる場所ではないかもしれない。
そもそも、そこはそういう進学に力をいれた学校でもなかったから、
たった一人の生徒のために、特訓授業を組むとか、補習をするとか、
そういうことは、現実的でなかったとも言える。
だから、「そうか。頑張れ!」と、当たり障りのない言葉だけを返すより、
「塾に行って!」の方がよっぽど有効で現実的なアドバイスなのかもしれない。

しかし、「ウチが進学校ではないことをわかっていて、入学したんじゃないの?」
と、その先生は思ったのかもしれないけれど、
小学生のときに考えていた将来と、もう少し成長したときに考えられる将来とが、
違っていることなんて、いくらでもありえると思う。
中学受験の前までは、国立進学どころか、大学進学のことも
そこまで真剣には考えていなかったけれど、
頑張っていたら、勉強が面白くなってきた。やりたいことが見つかった、
自分の可能性を試してみたくなった。
もし、そういうことなら、とても素敵なことだと思うのだが…
過去の選択を否定したところで、過去は変えられないし。

 

もちろん、その一人の先生の発言で、その学校のことを悪く言う必要はない。
国立大学への進学さえ目指さなければ、
その子にとっても、その学校はその後もいい学校であったかもしれないし、
ということは、その子以外(国立進学を目指したりしない子)にとっては、
その学校は卒業後もなお、いい学校なのではないかと思う。
だから、この子が悪いわけでも、学校に非があるとも言えない。
きっと誰も悪くない。

 

だが、それだからこそ難しいと思うのだ。
その学校がどうであれ、先生やクラスメイトがどんな人であれ、
自分の意思を貫き通して頑張れる人、強くてしなやかな人なら、
どこに行っても平気かもしれない。
しかし、実際は、周りの影響を受けてしまう人の方が多いと思う。
英語の点数が低かったときに、「平均点も低いよ!」「みんなできてないよ!」
と、こういうことを言う子は、わかりやすくそのタイプだけれど、
それだけでなく、知らず知らず、影響を受けることもある。

今回の学校には非はないとした上で、良いか悪いかではなく、
国立を目指したいと志した子がレアケースで浮いてしまう学校だとすれば、
その学校の、学問に対するスタンスが、多くの生徒たちの生き方や考え方に
影響を及ぼしているとも考えられるのではないだろうか。