中学受験においては、第一志望への合格の可能性を高めるために、
自分が行きたい学校を第一志望、すなわち、頂点とするのではなくて、
もう1ランク高い学校を目指して勉強した方がいい!とよく言われる。
じゃぁ灘中学を目指す場合は、もう1ランク高い学校ってどこ?って話になるし、
行きたい学校が決まっているのに、他の学校をわざわざ目指す気になんてならない!
ってこともあると思う。だから、今の話が絶対に必要だということではない。
しかし、入試問題の中でも、特に算数においては、苦手意識があったり、
あるいは、その学校をリスペクトし過ぎて(難しいと)見上げていたりすると、
なかなか点数を取れないのも事実だ。
また、いわゆるトップ校が出題した問題を、
翌年以降に他の学校が真似して入試を作問することもある。
だから、1ランク上のレベルで勉強をしておいて、
いい意味で問題を見下ろせた(入試当日の試験問題を簡単に感じられた)方が、
変に緊張したり、ビビったりすることなく、入試問題に臨めることも多い。
入試当日、「塾でやってる算数の方が難しかった」と言えるくらいだったら、
頼もしいのではないだろうか。
言い方を変えるなら、無理に1ランク高い学校を目指す必要はないけれど、
「ここまででいい」と上限を決めるような勉強ではなく、
どこまでも突き抜けていく勉強をした方が…ということである。
例として、レギュラーの確約されているプロスポーツ選手が、
試合に出られるかもわからない、競争の激しいところにわざわざ移籍することがある。
「厳しい環境に身を置きたい」「もっと成長したい」と彼らは言う。
そして、そこで死に物狂いで練習しながら、あるとき過去を振り返って、
「以前の(所属していた)チームには、本当にお世話になったし感謝しているが、
試合に出られることで満足してしまっていた。居心地の良さにかまけて、
自分で自分の成長を止めてしまっていた。」と、このようなことを言う。
要するに、「やらなきゃいけないことはやった!」
と課されたノルマだけの勉強で満足するのではなく、
「あともう少し頑張ってみよう」という意識でいた方が、力が着く可能性は高い。
人からの強制ではなくて、本人の自覚によるものであればなお良いが、
自分だけではそこまで自分を鍛えられないのであれば、
厳しい環境に身を置くのも一つの手である。
刺激があって居心地が良いのと、ただ楽ができて居心地が良いのは違う。
後者は一歩間違えると、ぬるま湯である。
ぬるま湯にどっぷり漬かった後で、また競争に戻るのは、なかなかにしんどい。
(競争しなければいけないと思っているわけではない。)
難しい言葉で言うと、
自分のスタンダード(標準・基準)をどのレベルに置くかである。
漢字テストの点数が週によって乱高下しているうちは、まだまだである。
しかし、何回か続けて満点を取った後は、1問ミスを悔しいと思えるかもしれない。
自分にとっての当たり前のレベルが上がると、見える世界が変わってくると思う。