学校の学年が上がります。ペースを掴めるまでは焦らずに!

信じるものは救われる?

塾に勤めている人間が書くのもどうかと思うけれど、
今日は、そのどうかと思うことを書いていく(笑)。

親であれば、他の誰よりも我が子を伸ばして欲しいと思うものだと思う。
(我が子ではない)Aさんの成績が伸びることよりも、
Bさんが第一志望の学校に合格することよりも、
我が子が伸びることを第一に願うものだと思う。
だから、親は、どうやったら我が子のことを伸ばしてもらえるか、
について考えることが、度々あるのではないだろうか。

頭の良い子は先生によく見てもらえるから伸びる?
まぁ、あながち間違いとも言えないが、
しかし、最初から成績優秀な子は、今回の話からは外したい。
入塾時には、そこまで目立たなかった子の学力が伸びるには
親は何をしたらいいか?という条件での問題提起をしたい。

話は少し逸れるが、
礼儀正しい子や素直な子は、よく見てもらえて、
その結果、学力が伸びるというのは、おそらく間違いない。
もちろん、それだけで学力が飛躍的に伸びるわけではないが、
礼儀正しくなくて、素直でもなくて、不愛想な子よりは、
先生によく見てもらえる可能性が高い。
これは塾に限った話ではなく、学校でも会社でも同じことが言えると思う。
だから、挨拶だとか、そういう部分をちゃんとするように!
という声かけは、有効であると思う。

 

さて、話を戻すが、塾の仕事を長年やってきた経験で言うと、
成績優秀な子に、地頭が良いとか、親が優秀だからとか、
そういう理由付けをしたがる人は多いが、
一見どこにでもいるような、いわゆる普通の子の学力が伸びていくのは、
(これはどこの塾にでも当てはまる話だと思うが)
その塾のことを、あるいは教わっている先生のことを、
信用してくれた時、家族ぐるみで好きになってくれた時、
そういう場合が往々にしてあるということだ。

 

塾や先生に対して、親も子どもも不信感しか持てないような場合は、
さすがに成績が伸びるとは考えにくい。
不信感しか持てないなら、塾を替えるのも必要な手だと思う。
だが、ここでしている話は、そういう信用度ゼロの場合ではなくて、
5割信用している人よりも10割信用している人の方が、学力が伸びやすい!
という話である。

サーパス内での一番わかりやすいたとえ話で言うと、
サーパスでは、音読をしつこいくらいに勧めるが、
その際に問題は解かなくていい、と声をかけることが多い。その時、
信用度ゼロの人は、問題だけ解く。(あるいは何もしない。)
信用度5割の人は、音読を一応した上で問題にまで手を付ける。
信用度10割の人は、音読だけを念入りにやる。

一見、音読をした上で問題を解いた方がいいように見えると思う。
だが、もしそれがベストなら、私たちもそう指示するに決まっている。
それをわざわざ音読だけに絞ったところに、私たちの意図がある。
野球にたとえるなら、
体が出来上がっておらず、フルスイングもできない状態で、
ピッチャーの投げたボールを、バットに当てることだけうまくなるような、
そんな小手先の練習をして何になるというのか。

なんでもかんでも、むやみやたらに信じて欲しいとか、
意図を汲み取って欲しいとか言っているわけではないが、
(意図がわからなければ聞いて欲しい。)
変な風に良いとこ取りをしようとすると、それこそ中途半端な結果になる。
信じてやり抜くことが、一番の近道だったりする。