『人は見た目が9割』って本が出たのは、もう10年以上前のこと。
(なぜか受験直前に見た目の話になったので、この本を話題の導入に使います(笑))
「そんな本があったの?」と、初耳の人もいれば、
「人の価値は中身だろうが!」と、鼻先でフフンと笑ってスルーした人もいただろうし、
「そうそう、確かにそう!中身は外見に表れる!」と、うなずいた人もいただろう。
僕は、この本を読んでいないから、この本の内容については語れない。
ただ、どんな内容であるにせよ、
本を手に取った人には、手に取る理由があったんじゃないかと思う。
営業の仕事に就いたけれど、どうもうまくいかないとか、
自分の中身にはそこそこ自信があったのに(笑)、告白してフラれたとか。
逆に、自分の(興味の)アンテナに引っかからなかったから、
この本の存在を知らなかったとか、手に取らなかったということになるのだと思う。
入試直前になると、子どものアンテナの感度が、ものすごく上がってくるのがわかる。
それまで、興味が無くて右から左に聞き流していたことや、
どんなに「大事だよ!」と話しても覚えなかったこと、
ずっとできなかった問題のうち、
自分で勝手に「どうせできない」と放置していた問題、
そういったものを
「今日からできるようにする!」と、食いついてくるようになる。
その変化たるや、本当に別人を見るようである。
こうなった時は、急激に伸びる。
自ら積極的に学び取ろうとしているわけだから、当然である。
興味がないとか、苦手とか嫌いとか、そういったものを超越する。
今更こんなに覚えられないとか、間に合わないとか、
そういった感情すら入り込む余地なく、集中している。
お母さんや、お父さんは、
「もっと早くこの意識になってくれていたら…」と、思うかもしれない。
そこについては謝るしかないが、そうは言っても、
ご両親も私たちも、ただ手をこまねいて見ていたわけでないので、
この状態が訪れる時期も含めて個人差で、これが中学受験なのかなとも思う。
しかし、時期の差こそあれ、全員がこの意識になれたことは間違いない。
そのときのことをちょっと思い出して欲しい。
この意識になれたとき、出来ることが増えていったことを、
自分でも実感できたと思う。
この意識になれたとき、やることがいっぱいでキツイはずなのに、
勉強が結構楽しかったんじゃないかと思う。
受験の結果に満足な人も、ちょっとした悔いが残った人も、
人生はまだまだこれから。
「今日からできるようにする!」と決心したことで、日々が充実したあの経験は、
それだけで十分成功体験である。
こういった成功体験は、この先の人生で大事な財産となる。
失敗は、反省が義務付けられて、そこからの成長を求められているかのようなのに、
成功が、ただ流れていって忘れ去られてしまうようではもったいない。
あの集中した状態を、自分の意志でコントロールできるようになったら、
もっともっと成長できると思う。