「ツクツクボウシ♪の鳴き声が『宿題やれーって』子供の時分には聞こえたものです」
こんなコメントが、先日ラジオから漏れてきた。
自分には、セミの鳴き声に夏の宿題を重ね合わせる感性はなかったので、
新鮮に響いたのだが、やり忘れた夏の課題が山積みの生徒には
「うめき声」にしか聞こえないだろう。
しかし、気がつけばもう9月。夏気分も一新され、
生徒たちは日常的な学校生活に戻っていく。
そして、気がつきたくはないが、中学入試まで残り150日ほど。嗚呼!
宿題を急かす蝉の声もやがては虫の音に主役をゆずり、
つるべ落としのような夕闇は着実に秋を深めていく。
雨の幕/降りて蝉の音/どこへやら
秋はすがすがしく、春のときめきとは違った心の落ち着きを覚える季節である。
秋に「読書」が似つかわしいのは、この落ち着いた心持ちにあるのだろう。
さて、個人的には何から読書を始めよう?
早速、書店を巡り2時間ほど手当たり次第に目に付いた本に当たる。
すると、岩波文庫の新刊本が並んでいる書棚の、
トルストイの『復活』上下巻(藤沼貴訳)が目にとまった。
お恥ずかしいことに、『戦争と平和』、『アンナ・カレーニナ』は読んでいたが、
『復活』は読んでいなかった。
藤沼貴さんは2年前に亡くなったと知っていたので、
下巻巻末で藤沼貴さんの思い出と書評を誰が書いているか気になって手に取ってみた。
すると、20年前にロシアに同行させていただいた知り合いが
書評を書いていたのに気づき、思わず声を上げてしまった。
唐突の邂逅に感溢れて当然のことながら即買いした。
9月1日から大事に一文一文を味わいながら、
そして藤沼貴さんが近づきたかったトルストイの人生観に触れながら、
今年の秋をスタートできたことは幸運だったと実感している。
「ひとり灯のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、
こよなうなぐさむわざなる。」
(ひとりで灯の下で書物を広げて、昔の時代に生きた人を友とするのは、
この上ない(心の)慰めになる。)(徒然草)
例年よりも残暑が厳しくない、さわやかな秋の到来である。
読書を通じて、心に残る一冊の書物との出会いが
この秋に皆様に訪れることを切に願う。