学校の学年が上がります。ペースを掴めるまでは焦らずに!

書いてみる

ブログを毎日のように更新できる人ってすごいなと思うのです。

毎日どころか数時間ごとに更新している人もいるのだとか…。

いやはや恐れ入ります。

小学生の時、夏休みの宿題で絵日記が出て、

「そんなに毎日書くことないよ!」「大体毎日普通の日常!」

って思っていた私です。

実は今月、毎日1ブログ!と意気込んでいたのですが、

ご覧のとおり3日坊主でした(苦笑)。

その日に塾で起こった日常を報告するブログでもいいとは思うのですが、

あまりに内輪すぎるのもどうかなと思いますし、

塾でだって良いこともあれば良くないこともありますが、

その良くなかったことをご報告してもねぇ…と。

長い前置きですみません。少しずつ本題に入ります。

ブログを書こうとした時、そこには何らかの『想い』というか

『メッセージ』じみたものがあります。

この文章を「今」読んで欲しいというケースが割と多いでしょうか。

大学を卒業して母校の中学校で教員をやっていた時のことです。

「その日のニュースの中で取り上げるべきものがあったら、

授業のカリキュラムを遅らせてでも、そのことについて語った方がいい。」

と先輩の先生から教わりました。

私学だったのでそんな自由がきいただけかもしれませんが、

教科書に書いてあることなら、その気になればいつでも学べるわけです。

それよりも時期を逃すと伝わらないもの、

タイミングが大事なものがあるということでした。

しかし、かといって検証もせずに何かを語ることはできません。

流行に飛びついてウソの情報を流す肩入れをしてしまうこともありえます。

マスコミの情報の中にもウソはありますし、

ネットの情報なんて、どれが本当かわかりません。

正しい情報を取捨選択しながら自分の意見を語るのも一苦労です。

さて、では私が何かを書いている時に、

書きたいことの最終形が完璧にできあがっているかというと、

そんなことは実はほとんどないです。

書いているうちに段々と、

最初イメージしていたものと違う結論になりそうな場合もあれば、

自分の想いが強くなりすぎて表現が過激になってしまう(笑)場合もあります。

何が言いたいかというと、「書き始めてみないとそれがわからない」ということです。

「書く」という行為に限らず、自分の意見を出すべき時に、

失敗を恐れて意見を出さない。

あるいは自分の意見がまとまっていないという理由でやはり意見を出さない。

という人は、きっと多いでしょう。

しかし言葉には不思議な力があって、

言葉にして初めて自分で自分の考えに気づけたり、わかったりすることがあるのです。

逆に言葉にしてみないと、自分でも自分がどう考えているのかが

いつまでもわからないということがあります。

(そういう意味では、たくさん喋ることのできる子は、それだけでもチャンスです。)

平たく言えば、動いてみないとわからないってことです。

頭の中で漠然と思っていることをどこかに書けば、

書くために手を動かし書いたものが目に入るわけですから、

ただ思っているよりも五感を使ったことになって、脳が活性化するそうです。

言葉を喋るのも、自分の声に出して自分の耳で聞いた分、脳に刺激がいくそうです。

そうやって自分の意見や考えがまとまっていくのだと思います。

まずは今度のGW、どう有意義に過ごすか、書いてみましょうか!