学校の学年が上がります。ペースを掴めるまでは焦らずに!

点数だけではないところで

彼は、アルゼンチンで工場労働者の父と清掃員の母の間に生まれた。

5歳から父がコーチを務めるクラブでサッカーを始め、

8歳で地元のクラブに入団。

しかし10歳の頃、成長ホルモンの分泌異常の症状(低身長)が発覚。

治療なしでは身体が発達しないと診断され、

成長ホルモン投与などの治療が必要とされたが、

クラブからは治療に必要な費用の用意を拒否される。

結果として、アルゼンチンの名門チームも獲得を諦めた。

13歳になって間もなく、彼は一人アルゼンチンから飛行機に乗り、

スペインへと向かう。

翌日の昼過ぎに空港に到着した彼は、その日の5時から早速入団テストを受ける。

テスト関係者はまず彼の背の低さに驚いた。143cmしかなかったからだ。

テストの印象も最悪だった。

長距離の移動で肉体的に疲れ、

一人で異国の地に来ることで精神的にも疲れていたのだろう。

その日は体が動かないままテストを受け、捻挫して途中退場と散々だった。

しかし、湿布をし包帯を巻いて臨んだ2日目のテスト。

足を引きずりながらも、彼は本来のプレーを見せ、試合で5ゴールを決める。

ところがテストを見ていた監督(レシャック)に最も印象に残ったものは

ゴールではなかった。

「少しでもフットボールがわかっている人間だったら

才能がある少年かそうでないかを見分けるのはそれほど難しいことではないさ。

ゴールなんてものはその日の運も関係してくるからそれはどうでもいい。

問題はボールタッチさ、ボールタッチ。

それも2回のボールタッチの様子を見てみれば

大体その少年の持っている才能なんてわかるものだ。

彼の場合は一度のボールタッチで十分だった。

最初にボールにさわったシーンを見た後には

すでに我々の意見は一致していた。」

レシャックの

「彼は天才だ。紙ナプキンでも、なんでもいいからサインさせろ」

と言って契約を結ばせたエピソードは有名であるが、

こうしてバルセロナのメッシが誕生したのである。

(ちなみにこのレシャックはJリーグの監督もやったことがあり、

1998年当時、高卒ルーキーだった遠藤保仁を、

周囲の反対を押し切って開幕戦から先発起用したことでも有名。)

才能を見出してくれる人。

自分の才能を認めてもらおうと、身体的なハンデにもめげず、

一人で海外に渡り、捻挫というアクシデントも乗り越える意志の強さ。

どちらも大切なのだろう。