僕自身も気を抜くとついつい使ってしまう、「自分的には…」という言い回し。
「僕的に」「私的に」も同様だが、「~的」という表現は、
自分の意見をぼかして曖昧にする表現である。
参考「NHK放送文化研究所」
http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/022.html
で、それを踏まえて、自戒の念も含めて書いてみる。
「自分的に頑張った」という表現。または、「自分なりに頑張った」という表現。
言いたいことはわかる。
自分で自分を褒めたくなる時があるのもわかる。
今まで頑張ってこなかった人が初めて頑張った時なら、
こう言いたい気持ちも十分わかる。
だけど、それって本当に頑張ったことになるの?
そのくらいの頑張りで満足してていいの?ってこともある。
例えば、目指している学校はとてもレベルが高いところだけれども、
まだそのレベルに全く到達していないような子が、
「自分的には頑張った」と言っていたら、
多分、、、いやもうほとんど絶対と言っていい確率で、
合格しないだろうなって思う。
自分なりの頑張りの結果が、現時点での学力なのであって、
ここからさらに自分なりの頑張りを見せたところで、
自分なりの成長しかしない。っていう発想をどこかで持たないといけない。
人によっては、自分なりの成長でもちろんいい。
誰もかれもが高みを目指さないといけないとは思っていない。
だが、口ではレベルの高い学校に合格したいと言いながら、
いつもいつも自分で自分を許してしまう努力では、目指すレベルには届かない。
もし栄光を目指すなら、
栄光に合格していく子の日々の過ごし方を真似するのもいい。
もしフェリスを目指すなら、
フェリスに合格していく子が書く文章の質に近づけるといいと思う。