前回の「伸び代」では、答案に残った跡から、その子の力を読み取る話がありました。
今回は、その跡が生まれる前の「悩んでいる時間」に目を向けてみます。
授業中や自習中、問題の前で手が止まって、じっと座っているだけに見える子がいます。
この時間をどう見るかは、私自身いつも迷うところです。
本当に何もしていないこともあるでしょう。
もし寝不足で調子が出ないなら、まずは休んでほしいところです。
もしかすると、勉強とは別に、大きな悩みを抱えているのかもしれません。
そうであれば、周りの大人が働きかける必要があるかもしれません。
一方で、外からは止まって見えても、頭の中では考えを整理している最中なのかもしれません。それは成長している姿そのもので、そこで声をかけると、せっかくの悩む時間を奪ってしまいます。
同じ「止まっている姿」でも、その中身はまったく違います。見た目だけでは区別できないからこそ、ふだんの様子と合わせて、一人ひとりを見ていく必要があると考えています。
悩む時間に、力が育つ
分からない問題にぶつかったとき、すぐに解説を読めば、その場では「分かった」気になります。
けれど、本当に力がつくのは、その手前の時間です。
- どこまでは分かっていて、どこからが分からないのかを確かめる
- 「たぶんこうだ」と仮説を立てて、試してみる
- 間違えて、もう一度考え直す
この行ったり来たりの時間こそが、考える力を育てます。
悩んでいる時間は、遠回りに見えて、実はいちばんの近道です。
ただし、頭の中だけで悩むと、戻る場所がなくなる
悩むといっても、すべてを頭の中だけで処理していると、行き詰まったときに戻る場所がなくなります。
どこまでは分かっていたのか、何を試して、どこで違うと気づいたのか。思い出そうとしても、消えてしまっています。
童話「ヘンゼルとグレーテル」で、ヘンゼルは、森に連れて行かれる道に白い小石を落としていき、その小石を目印に家へ帰ることができました。二度目に使ったパンくずは、鳥に食べられて目印になりませんでした。
頭の中のメモはパンくず、紙に残した跡は石のようなものです。
- 問題文に線を引く
- 図やグラフを描く
- 途中まで書いた式を、消さずに残す
こうした跡があれば、迷ったときに、分かっていたところまで戻って、別の道を試せます。
そして、最後まで解けなくても、跡が残っていれば、途中までの考え方が部分点になることもあります。
子どもたちの日常から、悩む時間が消えている
いまは、分からないことがあっても、スマホを開けば、数秒で答えが手に入ります。
問題の写真を撮ってAIに聞けば、解説まで返ってきます。
便利な反面、悩む前に答えが手に入ってしまうと、悩む経験そのものが減っていきます。
そして、悩むことに慣れていないと、部分点をひねり出すような粘り強さも育ちにくくなります。
それを裏づけるような研究もあります。今年、カーネギーメロン大学、オックスフォード大学、MIT、UCLAの研究チームが、まだ査読前の論文(プレプリント)として発表したものです(KTLAの報道)。数学の問題を解く実験では、AIに答えを出してもらった人は、10分ほどAIを使ったあとにAIを使えなくなると、AIを使わなかった人より成績が下がり、問題を飛ばす回数も増えた、とされています。
一方で、AIをヒントや説明のために使った人には、同じような落ち込みは見られなかったそうです。
大事なのは、悩む前に答えをもらってしまうのか、悩んだあとに助けをもらうのか、という順番なのかもしれません。
日常の中にあえて悩む時間をつくる
答えそのものは、これからますます簡単に手に入るようになります。だからこそ価値が残るのは、「どう考えたか」のほうです。
悩んで、間違えて、考え直した跡は、ほかの誰のものでもない、その子だけの財産になります。最初は、こんなに間違えたのか…と思うかもしれませんが、こんなに挑戦できる子は、これから貴重な存在になってきます。
ただ、答えがすぐ手に入る毎日の中で、自分から「悩む時間」をつくるのは、思っている以上に難しいことです。
塾に通う意味のひとつは、そこにあると考えています。
机に向かって、手を止めて、じっくり悩んでもいい時間と場所が、日常の中にあらかじめ用意されているからです。
