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想像力と感受性

昨年、選挙がおこなわれて間もなくの頃、
「〇〇党(のマニュフェスト)は良いことを言ってるように聞こえたけど…」
「スナフキンはどう思う?」と、生徒から疑問をぶつけられた。

政治の話は、塾といえどもしにくい。
人によって、家庭によって、支持するものは違っているから、
僕一個人の考え方を語ることが、大きな問題になってしまう可能性があるからだ。

だが、一人の大人として、問題になることを怖れて、
子どもの疑問に答えないのもどうかと思うし、
その子がもし僕個人の考えを聞きたくて疑問をぶつけてきたのであれば、
答えないのはよろしくないと思い、色々配慮しながらも、僕の考えを伝えた日があった。

人に話せないような内容ではないものの、そのときのやり取りを、
そのままブログに載せるのはさすがに憚られる…と思っていたところ、
先日、偶然、ネットの対談記事でいいものを見つけてしまった。

別の視座があると気づくことで、心は自由になれる 最終学歴ではなく“最新学習歴”が必要な理由 – ログミーBiz (logmi.jp)

最後まで読むには、無料の会員登録をしなくてはならないが、
会員登録をしなくても読める、冒頭の宮台真司さんのコメントは辛辣である。
ここに書かれていることは、政治の話ではないのだが、
日本が長い間良しとしてきた教育の在り方が、現状の問題点を生んでいる!
とズバリ指摘している。

 

要するに、選挙のときには、各党のマニュフェストを読んで、
今の自分にどういう形でメリットがあるのか!ということを考えると思う。
だけど、自分がよければ!とか、自分にメリットがあるかどうか!
という損得勘定のみで、ものの良し悪しを判断するのは危険ではないか!
という話である。

今、自分はなに不自由なく暮らせているかもしれないけれど、
あるとき突然そうではなくなるかもしれない。
そして、今まさに、暮らしにくさ、生きにくさを感じている人がいるかもしれない。
そう考えたとき、便利なものが、さらに便利になるとか、
利益の出ているところが、さらに利益を増やすとか、
そういうことよりも、思いを至らせた方がいいことがあるのではないか。

利益が出ていないものは悪だ!として、それを止めるのは、
一見(一聴)、正しいことのように見える(聞こえる)けれど、
例えば、利用者の少ないローカル線(電車やバス)にだって、
それを利用している人、それがあって生活が成り立っている人がいる。
新幹線やリニアモーターカーを走らせれば、それだけでいいわけではない。

むしろ、不自由なく暮らせている人が、多少の不便を我慢することで、
大局的に見たとき、もっと暮らしやすい社会になるかもしれない。
そういう想像力や感受性を豊かにすることが大切だと思う。

 

先ほどの記事では、SDGsについての意識も、
環境問題が起きるから考えましょう!ということではなくて、
自然の美しさを感じる心が大切だと(ちょっと無理やり)まとめていたが、
わざわざ、そんなことを言わないといけないことが、逆に悲しいと思うのである。