チョコレートコスモス

 

 

蜜蜂と遠雷が、ピアノなら、チョコレートコスモスは演技。
舞台にかける俳優達の凌ぎ合いが、息づかいですら伝わってくるほどに鮮明に書かれています。

 

この2冊に共通するキーワードは、才能でしょう。
特に天才という言葉について、考えさせられました。

 

天才という言葉は、塾の中でも、よく耳にします。
「演習を一回で全問正解だなんて、あいつは天才だ!」など。
中には、自分を天才だ!と豪語する強者もいたりしますね。

 

まわりの子どもたちは、自分よりも少しでも出来る子を見ると、過剰に評価しがちです。

演習やテストで満点を取ろうものなら、もはや雲の上の存在。
神のように、信仰の対象にすらになりえてしまうのです。

 

ですが、この本に出てくる目の肥えた玄人達の反応は、そんな単純なものではありません。

 

むき出しの才能を前にして、どう評価して良いのか、迷っています。
自分達の信じてきたものが、揺さぶられるような衝撃を受けて、混乱しています。
自分の頭で理解できる範囲は、まだまだ秀才や勤勉、といった領域にすぎないのでしょう。
天才は周りに、混乱をもたらす存在なんだな、と思い知りました。

 

サーパスの実績を見て、○○中学校に合格だなんて凄い!と思われることもあるようですが、
それでも天才はいなかった……のかな?と改めて思います。

 

みんな努力をしてきたからこその結果なのだと、胸を張って言えます。
天才だから、自分とは違う。
そんな風に思わないで欲しいです。

 

授業を謙虚に受け、自信を持って解答を導く。
この繰り返しで、自分を超えていくことは出来ます。
それを怠り、自分の周りの人間を天才、の一言で片付けてしまうのは、楽なんですが、ちょっと違うかな?と。

 

そして、穿った捉え方なのかもしれませんが、天才という言葉は、本人の努力を否定しているようにも取れます。
言われている本人も、嬉しいものではないのでは?と。
そもそも、天才と持ち上げられる人ほど、自分を天才だとは思っていないものです。

 

父母会などでも伝えていますが、努力の量や質にピントを合わせてもらいたいですね。

 

 

大きく話が逸れましたが、恩田陸作品の魅力は、表現の多彩さだと思っています。
演技に関して完全な素人の自分でも、登場人物の力量や熱量、パフォーマンスの質の違い、を体感できました。

 

演劇や舞台といったものに触れたことがない自分ですら、沸いてくる豊饒なイメージの数々。
ページをめくっている間だけ、評論家・舞台監督の気分にすらさせてくれます。

 

事実は小説よりも奇なり、とは良く聞きますが、自分にとってのこの一冊は、まさに逆。
小説は、生鑑賞よりも真なり??といったところでしょうか。

冒頭に掲載している角川文庫オリジナルの表紙でも、
「特別な舞台を、特等席から観ているような臨場感」
と表現されていますが、言い得て妙だな、と。
(自分でも、こういったレビューを書けるようになりたいものです。)

 

そんな表現の天才、恩田陸の凄さを存分に味わえる1冊でした。
(あえて、天才と表現しましたが、恩田さん自身、執筆をしながら年間300冊という膨大な量の本を読んでいるそうです。凄すぎます。)

今月のサーパス文庫に入荷しておりますので、是非。