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	<title>知恵ーホフ &#8211; 中学受験塾Surpass</title>
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	<description>算数に自信がある中学受験専門の塾です。</description>
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	<title>知恵ーホフ &#8211; 中学受験塾Surpass</title>
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	<item>
		<title>「からかう」ということ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[surp-u-kanri]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 16 Oct 2019 06:46:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[2019]]></category>
		<category><![CDATA[知恵ーホフ]]></category>
		<category><![CDATA[１０月]]></category>
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					<description><![CDATA[子どもたちが「ふざけあう」のを、たまに見かける。 きっかけは、ごくごく「ささいなこと」 子供たちの「だれか」が「ちょっかい」という口火を切る。 するとたちまち、「じゃれあい」が始まる。 「ことば」の時もあれば、 「手出し [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>子どもたちが「ふざけあう」のを、たまに見かける。<br />
きっかけは、ごくごく「ささいなこと」</p>
<p>子供たちの「だれか」が「ちょっかい」という口火を切る。<br />
するとたちまち、「じゃれあい」が始まる。<br />
「ことば」の時もあれば、<br />
「手出し」の時もある。<br />
「ふたり」のときもあれば、<br />
「多数」のときもある。</p>
<p>「じゃれあい」は、得てして「度を越える」。<br />
そして、「こいつ、弱いぞ。」<br />
この「優越感」が、一方の子供の心に、<br />
入道雲のようにもくもくと湧き上がる。<br />
やがて、立場の強さを感じた子供が他方の子供を「からかい」始める。</p>
<p>「からかい」…<br />
まさに、この言動から「いじめ」は始まると言っても過言ではない。</p>
<p>「ふざけあい」と「からかい」。</p>
<p>「ふざけあい」が「ふざけあい」で終始するのは問題ない。<br />
なぜなら、子供同士が「対等」だから。</p>
<p>でも、「からかい」は違う。<br />
「からかい」には、<br />
相手を下に見下げ、「上下関係」を産み出す「種」が包含されているのだ。<br />
だから、<br />
ひとたび「からかい」始めれば、<br />
「種」は芽生え、葉を伸ばし、相手につるを巻き付ける。</p>
<p>でも、<br />
からかっている子供には「いじめ」の自覚はない。<br />
相手の「つらさ」や「がまん」に気づかない。<br />
なぜなら、「ふざけあい」だと思い続けているから。</p>
<p>「いじめられる方にも原因はある」<br />
こんな声を子供だけではなく、大人からも耳にすることがある。<br />
確かに「原因」はあるだろう。<br />
でも、<br />
「原因」の有無と「善悪」は、まったくの別物である。<br />
「いじめ」は100％「いじめる側」が「悪い」。<br />
なぜなら、「命」の価値に「差」を産み出すから。</p>
<p>では、我々「大人」がなすべきことは何？<br />
それは、<br />
「からかわれている」相手がいることを認識させ続けること<br />
「からかわれている」相手は、「痛み」を心身に感じていることを想像させ続けること。<br />
要するに、<br />
「からかい」が、<br />
「いじめ」の萌芽になっていることに「気づかせてやる」。<br />
そんな声掛けを怠らないことなのだろう。</p>
<p>逆に言えば、<br />
そんな声掛けを怠らないのが「大人」と呼べるのかもしれない。</p>
<p>甘くないカレーを食べながら、そう思った。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>７期生のみなさんへ</title>
		<link>https://surpass-rainbow.com/2019/04/08/%ef%bc%97%e6%9c%9f%e7%94%9f%e3%81%ae%e3%81%bf%e3%81%aa%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%b8/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[surp-u-kanri]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Apr 2019 08:04:54 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[2019]]></category>
		<category><![CDATA[知恵ーホフ]]></category>
		<category><![CDATA[４月]]></category>
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					<description><![CDATA[桜を見上げながらこう考えた。 君への想い、あふれ出る。 あなたの想いもほとばしる。 然しまとめて書こうとすると、 言葉にならぬ、もどかしさ。 ７期生の受験が終了して早２か月。 「英語準備講座」も「読売ランドへの卒業遠足」 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>桜を見上げながらこう考えた。</p>
<p>君への想い、あふれ出る。<br />
あなたの想いもほとばしる。<br />
然しまとめて書こうとすると、<br />
言葉にならぬ、もどかしさ。</p>
<p>７期生の受験が終了して早２か月。<br />
「英語準備講座」も「読売ランドへの卒業遠足」もすでに過去となり、<br />
新元号「令和」も発表され、<br />
桜も盛りを過ぎようとしている。</p>
<p>それなのに、毎年綴っている「卒業生への言葉」を、ここまで引きのばしてしまった。<br />
汗顔の至り。</p>
<p>ここまで伸びてしまったのには訳（言い訳？）がある。<br />
お恥ずかしながら、７期生の特徴を一言で総括できなかったのである。<br />
個々の想い出を綴れと言われれば、相当な字数を書けるはずなのに。（本当ですよ）</p>
<p>良心がちくちく刺されるように痛む</p>
<p>そんなある日、満開の桜道を歩いていると、一片の花びらとともに、<br />
英語の準備講座中の、とある生徒の言葉が頭上から降りかかり、耳朶にこだまし始める。</p>
<p>「遊びたーい…」「まだ遊びたーい…」「まだまだ遊びたーい…」</p>
<p>受験から解放されてひと月足らずの頃に発せられたこのフレーズとともに、<br />
７期生全員が脳裏に呼び戻され、その表情が重なり合い、皆が「遊びたーい」と輪唱を始める。<br />
「さまざまの／こと思い出す／桜かな」と芭蕉は詠んだが、<br />
それにしても一体何なんだろう、この想起の仕方は…<br />
すると、不思議なことに、７期生を総括する一言がふと脳裏をかすめた。</p>
<p>「子どもらしい子ども」<br />
単純明快ではあるが、７期生については、この一言に尽きるのだと直感した。</p>
<p>「子どもらしい子ども」<br />
受験学年になっても、受験生とはお世辞にも言えないような「幼さ」が各所に垣間見られた７期生。<br />
誰彼構わず、最後の最後まで、心配で心配でたまらなかった７期生。<br />
しかしながら、「遊びたーい」との一言は、人知れない忍耐と努力があったが故の<br />
「雄たけび」だったのだろうと、今更ながら実感している。<br />
きっと闘ってたんだなあ。<br />
きっともがいていたんだなあ。</p>
<p>そんな「子どもらしいこども」には「遊び」が似合う。<br />
辛いことでも「面白さ」と感じられる「遊び心」を失わないでほしい。<br />
「子どもらしいこども」には「冒険」が似合う。<br />
『十五少年漂流記』のように、「模範解答」のない時代の荒波に思い切り挑んでほしい。<br />
「子どもらしいこども」には「勇気」が似合う。<br />
新たな人間関係に臆することなく、堂々と「自分の言葉」で己の道を切り開いてほしい。<br />
「子どもらしいこども」には「希望」が似合う。<br />
くよくよせずに、楽観的に前へ進んで、大いなる絆を結んでいってほしい。<br />
「子どもらしい子ども」には「未来」が似合う。<br />
「令和」という大海にもまれながら、精悍さを露わにした「大人」へと飛躍してほしい。</p>
<p>最後に<br />
７期生の皆さん、入学おめでとう！<br />
そして、ご父母の皆様方、お子様のご進学を心よりお祝い申し上げます。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>今受験を振り返って</title>
		<link>https://surpass-rainbow.com/2018/02/28/%e4%bb%8a%e5%8f%97%e9%a8%93%e3%82%92%e6%8c%af%e3%82%8a%e8%bf%94%e3%81%a3%e3%81%a6/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[surp-u-kanri]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 28 Feb 2018 07:05:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[2018]]></category>
		<category><![CDATA[知恵ーホフ]]></category>
		<category><![CDATA[２月]]></category>
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					<description><![CDATA[中学受験が一段落してから早ひと月が経過した。 新学年生の授業も始まり、新たな一年はスタートしたのだが、 反面「６期生」との教室でのやり取りも残りわずかだと思うと、 物寂しさと切なさが頭をもたげてくる。 こんな思いはつゆ知 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>中学受験が一段落してから早ひと月が経過した。<br />
新学年生の授業も始まり、新たな一年はスタートしたのだが、<br />
反面「６期生」との教室でのやり取りも残りわずかだと思うと、<br />
物寂しさと切なさが頭をもたげてくる。</p>
<p>こんな思いはつゆ知らず、「６期生」たちは例年同様「小動物」と化し、<br />
英語の準備講座後の教室を席捲している。<br />
ホッとしたのだろうな、と大目に見つつも、<br />
数か月後にはやって来る新たな「荒波」を泳ぎ切る<br />
「心の準備」も進めなければならない。<br />
この時期は「頭の切り替え」の季節でもある。</p>
<p>「６期生」全員が、新たな環境に適応し、<br />
自己実現の礎を中学高校生活の中で築いていってほしい…と願いつつも、<br />
しばらくは「小動物」状態は続く…嗚呼。</p>
<p>サーパスでの「６期生」との思い出を辿ってみると、<br />
「真剣」な表情は案外浮かんでこない。<br />
当然、真面目に受験勉強をしてきたのだから「真剣」だったのだろうが、<br />
思い浮かぶのはなぜか「ニコニコ顔」なのだ。<br />
カズオ・イシグロ風に言えば「記憶のあいまいさ」なのか？<br />
たった１〜２年前のことまで既に忘却の領域に入ってしまったとも思えないので、<br />
やはり「ニコニコ顔」が確かな記憶なのだろう。</p>
<p>ストイックに勉強している子もいたのだが、<br />
教室のあちらこちらで楽天的な花が、<br />
数多く咲き誇っていたようなイメージが勝っている。<br />
成長の足音が聞こえだしたのも大分受験が差し迫ってからだったような気もする。</p>
<p>気のよい学年であった反面、「真剣」という言葉の種を<br />
発芽させ切れないまま巣立たせてしまう点については<br />
大いなる反省点を残してしまった…嗚呼。</p>
<p>しかしながら、この「６期生」の「ニコニコ顔」は、<br />
不真面目という意味ではない。<br />
私の記憶している「ニコニコ顔」は、<br />
「なるほど〜！そういうことかぁ！」という「納得の笑み」である。<br />
かつての卒業生たちも、我々の説明に対して折々に合いの手を挟んできたのだが、<br />
なぜ「６期生」はとりわけ「ニコニコ顔」が思い起こされるのか？<br />
それは、「純粋」な心の持ち主が多かったからかもしれない。</p>
<p>授業で花開く笑顔は百花繚乱、一人ひとり違う顔を持っていたのであるが、<br />
その根にあるのは、「ピュアな吸引力」だったように思われる。<br />
吸引力は「素直さ」と言い換えてよいかもしれない。<br />
教師の説明を聞ける「素直さ」が「理解」を生み、喜びとなる。<br />
学習において「わかる喜び」は大事である。<br />
「喜び」は「自信」となり、さらなる「向上心」を生み出すからだ。</p>
<p>私は「６期生」の「ニコニコ顔」を、<br />
好奇心旺盛なプラス思考の発露と思っている。<br />
卒業後も、いつまでもその「ニコニコ顔」を絶やさず、<br />
「なるほど〜！そういうことかぁ！」<br />
といつまでも口ずさんでほしいと心から願う。</p>
<p>今、「６期生」の顔を一人ひとり思い浮かべながら、<br />
「サナギのカラ」を同時に思い描いている。<br />
受験生が飛翔したあと我々には「カラ」だけが残される。<br />
残された我々は、飛び立った可憐な蝶が巣立ったあと、<br />
「カラ」を見つめ、過去に思いを馳せながら、<br />
生徒の成長の記憶を再構築していく。<br />
「サナギのカラ」という残像を想起しながら<br />
生徒の成長を願い続けるのが教師なのだな、<br />
と毎度のことながらこの季節に実感させられる。</p>
<p>最後に…みんなと出会えて本当に良かった！感謝！<br />
サーパスを最後まで支えて頂いた「６期生」の親御さん、<br />
心より感謝申し上げます。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『掟の門』</title>
		<link>https://surpass-rainbow.com/2017/03/02/%e3%80%8e%e6%8e%9f%e3%81%ae%e9%96%80%e3%80%8f/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[surp-u-kanri]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 02 Mar 2017 08:02:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[2017]]></category>
		<category><![CDATA[知恵ーホフ]]></category>
		<category><![CDATA[３月]]></category>
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					<description><![CDATA[先日、某神奈川県男子中学校に合格された方から、 中学校からの課題図書についての話を伺った。 課題図書は５冊あったのだが、 その中にドイツの作家であるカフカの『掟の門』も含まれていた。 カフカは『変身』が有名であるが、 こ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>先日、某神奈川県男子中学校に合格された方から、</p>
<p>中学校からの課題図書についての話を伺った。</p>
<p>課題図書は５冊あったのだが、</p>
<p>その中にドイツの作家であるカフカの『掟の門』も含まれていた。</p>
<p>カフカは『変身』が有名であるが、</p>
<p>この『掟の門』も中学高校の読み物としてよく使用される。</p>
<p>『掟の門』…ふと、かつての教え子を思いだす。</p>
<p>「カフカの『掟の門』を授業で読んだのですが、</p>
<p>イマイチ理解できなくて…何回読んでも微妙です。</p>
<p>何か読むコツとかヒントがあれば教えて下さい。」</p>
<p>と当時高校1年生だった教え子から連絡があったのだ。</p>
<p>もう10年以上も昔の話ではあるが…。</p>
<p>『掟の門』は四百字詰め原稿用紙四枚にも満たない短編であり、</p>
<p>要約すると次のような内容である。</p>
<p>「田舎から来た男が、とある門にさしかかる。</p>
<p>そこには門を守る番人がいて、この門を通ってはいけない、という。</p>
<p>田舎から来た男は許可がでるまで待っている。</p>
<p>しかし、門そのものは、ひらいている。</p>
<p>番人は、『通りたければ通ってもかまわないが、</p>
<p>その先には強い奴ばかりがいて、おまえは耐えられないぞ』という。</p>
<p>田舎から来た男は何年も待ちつづけるが、全く許可はおりない。</p>
<p>田舎から来た男に死が近づく。</p>
<p>ついに倒れ、臨終を迎えた際、番人は男の耳もとでこういう。</p>
<p>『ここはお前以外のやつは誰も入れなかったのだ。</p>
<p>この入口はお前だけのために作られたものだったからな。</p>
<p>おれはもう門を閉めに行く。』」</p>
<p>門とは自分の外にあるのか、それとも内にあるのか？</p>
<p>田舎から来た男は本当に門の先に行きたかったのか、</p>
<p>はたまた門前にいることですでに幸福であったのか？</p>
<p>そもそも「門」とは何であったのか？</p>
<p>解釈はいくらでも可能である。</p>
<p>その後、卒業生とお互いの解釈を披露し合い、</p>
<p>カフカに関するやり取りは終了した。</p>
<p>あと１か月もすれば、学校・職場を問わずいずれも「入」の時期となる。</p>
<p>「五月病」にかかりやすい不安定な時期もやがて訪れる。</p>
<p>ちょっとした小石の躓きに心の安寧を揺さぶられる微妙な季節の到来を前に、</p>
<p>人それぞれの前に、人それぞれの「門」が現れるはずだ。</p>
<p>「門」を前にいかに考え行動すべきか。</p>
<p>まもなく門を「出る」ことになる受験生はなおさら、</p>
<p>決意と自覚を新たに持たなければならないのであろう。</p>
<p>「門そのものは、ひらいている」のだから。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>５期生との思い出</title>
		<link>https://surpass-rainbow.com/2017/02/18/%ef%bc%95%e6%9c%9f%e7%94%9f%e3%81%a8%e3%81%ae%e6%80%9d%e3%81%84%e5%87%ba/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[surp-u-kanri]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 18 Feb 2017 08:04:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[2017]]></category>
		<category><![CDATA[知恵ーホフ]]></category>
		<category><![CDATA[２月]]></category>
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					<description><![CDATA[今年は違っていた。 「小動物」と呼ぶにふさわしい子供たちの とろけた表情やふやけたようなしぐさが教室中に蔓延し、 受験から解放されて（というより「野に放たれて」） 悦に浸っているのが例年のこの時期である。 当然のことなが [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今年は違っていた。</p>
<p>「小動物」と呼ぶにふさわしい子供たちの</p>
<p>とろけた表情やふやけたようなしぐさが教室中に蔓延し、</p>
<p>受験から解放されて（というより「野に放たれて」）</p>
<p>悦に浸っているのが例年のこの時期である。</p>
<p>当然のことながら、毎年恒例の「新中一準備講座」で実施する単語テストでは、</p>
<p>見るも無残な結果からスタートする生徒が多い。</p>
<p>そして受験生の夢物語は徐々に雲散霧消していくことになる。</p>
<p>ところが、今年の卒業生、つまり５期生はこの慣例を打ち破った。</p>
<p>何と、初回の単語テストで全員が「合格」したのだ。</p>
<p>予想を覆す頑張りを見せた５期生。</p>
<p>驚きを隠せない我々。</p>
<p>テストを返却しながら一人ひとりの顔を見る。</p>
<p>成長したんだなあ…</p>
<p>５期生とは３年生の時からの付き合いだった。</p>
<p>申年が中心の学年。</p>
<p>当初は干支を地でいく子供たちが多かった。</p>
<p>「みんないずれ受験するんだよ！勉強しなくてはいけないんだよ！」</p>
<p>という我々の心の防波堤は、何度も５期生から返される大波に</p>
<p>もろくも打ち砕かれてきた。</p>
<p>しかしながら、５期生は着実に変化を遂げていった。</p>
<p>当然のことながら一斉にではない。</p>
<p>一人、また一人と順に追いながら、</p>
<p>受験意識の高まりが伝播していったように思われた。</p>
<p>５期生の変化の過程に寄り添うことを通して改めて気づかされたこと、</p>
<p>それは、子どもの学力を伸ばすには</p>
<p>何よりもまず我々大人の側の意識の持ちようが肝要なのだということである。</p>
<p>「シビレエイは自らがしびれているからこそ、</p>
<p>他の生き物をしびれさせることができる」</p>
<p>との言葉がある。</p>
<p>まずは我々教師が子供の潜在力を信じ、子供の成長に合った言葉を選び、</p>
<p>共に考え勉強し抜いた上で子供と格闘すれば</p>
<p>必ず学力は伸びるのだということを今年はとりわけ実感させられた。</p>
<p>５期生には勉強「させられた」と思っている。</p>
<p>本当に感謝している。</p>
<p>英語の授業はあと４回。教えるのは残りわずかだが、</p>
<p>もう少しだけ私の「教師」としてお付き合い願いたいと思う。</p>
<p>当然のことながら、英語は徹底的にシゴキマスガ。</p>
<p>追記</p>
<p>１月25日の受験前最後の授業の日。</p>
<p>教職員一同で催した激励会の際、受験生に以下の「お話」を創って手渡した。</p>
<p>５期生にはどのように受け止めてもらえたかは定かではないが、</p>
<p>受験を通じて何か感じ取っていただいていれば幸いである。</p>
<p>一本道広い広い草原の一本道を、</p>
<p>19人の少年少女が歩いていた。</p>
<p>なぜだか知らないが、彼らはお互いの姿が見えないらしい。</p>
<p>声は聞こえるが、草原の道には自分一人しか見当たらない。</p>
<p>ふと、ある子の声が聞こえた。</p>
<p>「ほら、この道の先に高い壁があるよ。なんて高いのだろう。」</p>
<p>すると、もう一人の子がささやいた。</p>
<p>「私にはそんなに高くは見えないのだけれど…。」</p>
<p>中には、こんな声も混ざっていた。</p>
<p>「どこに壁なんてあるの？全く見えないのだけれど…。」</p>
<p>他の子たちも、壁のことで何やかやとつぶやいていた。</p>
<p>そんな中、一人の子が後ろを振り返った。</p>
<p>今来た道は消え去り、そこは緑のじゅうたんで埋め尽くされていた。</p>
<p>どうやら後戻りはできないらしい。</p>
<p>広い広い草原の一本道を、</p>
<p>19人の少年少女はひたすら前に進むしかなかった。</p>
<p>お互いに見える風景は異なるけれど、</p>
<p>各々の、「その一歩先へ」と…</p>
<p>この物語はここでおしまいとなる。</p>
<p>なぜなら、この物語の続きは19人のそれぞれが物語るものだから。</p>
<p>壁とは何？一本道？緑のじゅうたん？</p>
<p>その解答をもはや伝えることはできない。</p>
<p>なぜなら、この物語は私の手を離れ、独り歩きを始めてしまったから。</p>
<p>19人のそれぞれが目指すゴールに向かって歩む道、それが新たな物語となる。</p>
<p>まもなく新たな１ページが始まろうとしている。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>先生、歴史なんて大嫌いだ！</title>
		<link>https://surpass-rainbow.com/2016/05/11/%e5%85%88%e7%94%9f%e3%80%81%e6%ad%b4%e5%8f%b2%e3%81%aa%e3%82%93%e3%81%a6%e5%a4%a7%e5%ab%8c%e3%81%84%e3%81%a0%ef%bc%81/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[surp-u-kanri]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 11 May 2016 04:28:20 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[2016]]></category>
		<category><![CDATA[知恵ーホフ]]></category>
		<category><![CDATA[５月]]></category>
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					<description><![CDATA[社会科の授業では、生徒たちから突拍子もない質問が飛び出すことがあります。 授業内容からピンと来たことを口走るのでしょうが、 とりわけ、歴史の流れを追って説明しているときの 「素朴な問い」への反応には気を使います。 「今は [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>社会科の授業では、生徒たちから突拍子もない質問が飛び出すことがあります。</p>
<p>授業内容からピンと来たことを口走るのでしょうが、</p>
<p>とりわけ、歴史の流れを追って説明しているときの</p>
<p>「素朴な問い」への反応には気を使います。</p>
<p>「今はそんなことより知識として暗記しろ！」などと答えれば、</p>
<p>生徒たちは歴史というものを、</p>
<p>ただ過去に起きた出来事の積み重ね程度のイメージしか持たず、</p>
<p>「俺たちより後に生まれた奴らはもっとたくさんの覚えることが増えるんだよね。」</p>
<p>と悲哀を帯びた優越感に浸るのが落ちでしょう。</p>
<p>まさに「歴史嫌い」の誕生です。</p>
<p>だからといって、ただ生徒の興味に任せて</p>
<p>「トリビア」的に知っていることをしゃべらせ続ければ授業は進まず、</p>
<p>ポイントもずれていくばかりです。</p>
<p>では一体、歴史に対して私たちはどのように考え、</p>
<p>生徒たちに学ばせていくべきなのでしょうか。</p>
<p>「歴史とは現在と過去との尽きることのない対話である」</p>
<p>とはＥ．Ｈ．カーの有名な歴史の定義ですが、</p>
<p>歴史を考える際にはまず、「現在」という視点から過去に遡っていくことが大切です。</p>
<p>先ほどの生徒からの素朴な問いにしましても、</p>
<p>目下の出来事から、過去の歴史的な事実との因果関係を</p>
<p>今に生きる一人の人間として生徒たちに主体的に考えさせるのが</p>
<p>本当の歴史の授業であると私は考えています。</p>
<p>このように過去の出来事に原因を探ることで逆に現実の解決に道が開かれ、</p>
<p>過去と現在の間に相互作用が生じ、さらに新たな未来への指針となります。</p>
<p>論語に「故きを温ねて新しきを知れば、以って師と為るべし」</p>
<p>（過去のことをよく知り、新しい意味を見つけて行動すれば、</p>
<p>一人の師となることができるであろう）とあります。</p>
<p>生徒には「温故知新」という四字熟語でお馴染みですが、</p>
<p>この箴言にも現在と未来の行動の指針を過去に遡るという</p>
<p>歴史本来の意義が含まれているように思われます。</p>
<p>このように言ってみたところで、</p>
<p>現に歴史嫌いの生徒はそう易々とゼロになるものではありません。</p>
<p>「どうして歴史が嫌いなの？」と問い正してみても、</p>
<p>「漢字が多くて覚えるのが嫌で、面白くなくて…」</p>
<p>と際限なく理由を聞く羽目になるのが目に見えています。</p>
<p>では、歴史が嫌いな生徒は何が一体嫌なのでしょうか。</p>
<p>私が出会った生徒達の様子からしか推し量れませんが、</p>
<p>暗記自体が嫌だというよりも、</p>
<p>むしろ目の前にある問題について、いちいち考えるのがどうやら億劫なようです。</p>
<p>「どうでもいいじゃん！」式の発想です。</p>
<p>ですから私の歴史の授業では、</p>
<p>どうしても「今」という現実の話がついつい多くなってしまいます。</p>
<p>中学受験を目指す以上、年表や難解な語句の暗記も当然不可欠です。</p>
<p>問題も相当量こなさなくては、得点は出来ません。</p>
<p>しかし、歴史を学ぶことは即ち</p>
<p>今をより良く生きることに繋がるという思いを生徒全員に伝え、</p>
<p>「生きた」歴史を学ばせることなのだ、</p>
<p>という教師の強い思いが備わってこそ、</p>
<p>本当の歴史の授業だと言えるのではないでしょうか。（自戒もこめて…）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>ことばのちから</title>
		<link>https://surpass-rainbow.com/2016/04/22/%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%b0%e3%81%ae%e3%81%a1%e3%81%8b%e3%82%89/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[surp-u-kanri]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 22 Apr 2016 04:22:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[2016]]></category>
		<category><![CDATA[知恵ーホフ]]></category>
		<category><![CDATA[４月]]></category>
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					<description><![CDATA[先日のこと。 ４年生たちが、サーパス文庫の伝記の本を教室に持ち込んで読みふけっていた。 よく見かける光景である。 そんな中、どの本を選ぼうかと思いあぐねていた生徒がいたので、 「源義経はどう？この人は、牛若丸のことだよ。 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>先日のこと。</p>
<p>４年生たちが、サーパス文庫の伝記の本を教室に持ち込んで読みふけっていた。</p>
<p>よく見かける光景である。</p>
<p>そんな中、どの本を選ぼうかと思いあぐねていた生徒がいたので、</p>
<p>「源義経はどう？この人は、牛若丸のことだよ。」</p>
<p>とコメントをつけて勧めてみたのだが、</p>
<p>返ってきた言葉が「牛若丸って誰？」。</p>
<p>そうか、最早「牛若丸」は世代を超えた常識ではなくなったのだなと、</p>
<p>少々もの悲しい気分で、お迎えにいらっしゃっていたお母様たちにもお伝えした。</p>
<p>最近、「桃太郎」と「金太郎」、「浦島太郎」の区別がつかない生徒たちも</p>
<p>ちらほら見受けられる。</p>
<p>これは童話に限ったことではない。</p>
<p>知る知らないということではなく、もっと広い意味で、</p>
<p>ことばを「伝承」していくという意識が希薄になってきている感は否めない。</p>
<p>国語の授業をしていると、ことばの語感が身に備わっている生徒と</p>
<p>そうでない生徒では、文章の理解度が断然異なる。</p>
<p>例えば、新出語句が文中に出てくると、</p>
<p>まずは辞書を引かせて意味を確認するのだが、</p>
<p>その際、ただ単に辞書の意味をノートに書き込んで満足する生徒と、</p>
<p>「先生、こんな感じで使うんでしょ。」</p>
<p>と例を挙げながら「使いこなそう」とする生徒とでは</p>
<p>当然のことながら差が出てしまっている。</p>
<p>辞書に書かれてある意味を、小学生なりに理解できることばに「変換」し、</p>
<p>「使いこなす」中で自分のことばにできる力こそが、真の語彙力と呼べる。</p>
<p>例えば、「客観的」ということばを「知って」いても「使えない」のでは、</p>
<p>文脈の中で文意を考える手助けとはなりえない。</p>
<p>まして「記述」となると読解の比ではない。</p>
<p>トリビア的で、一問一答にしか対応できない「クイズ脳」の持ち主は、</p>
<p>得てして記述の手が止まることが多い。</p>
<p>インプットでもアウトプットでも、</p>
<p>「使いこなせることば」という意味での「語彙」力の差が、</p>
<p>国語力の差と言っても過言ではないだろう。</p>
<p>とはいえ、生徒たちはまだまだ経験値が低い。</p>
<p>大人の責任も大である。</p>
<p>私たち自身がまず「ことばとの格闘」をしているのであろうか？</p>
<p>こう書きながら、自らの心が痛む。</p>
<p>そこで私たち大人がなすべきことは、</p>
<p>生徒と共にことばのやり取りを行う時間を極力増やすことではないだろうか。</p>
<p>大人が会話の中でことばの使い方を、身をもって示し、語ることで、</p>
<p>単なる断片的な知識ではなく、文脈の中で活用できる力を培うことが可能となる。</p>
<p>そして、「ことわざ」「慣用句」「四字熟語」といった受験知識を</p>
<p>テキストで学習するだけではなく、</p>
<p>生活の中で折々に会話に織り込んだり、</p>
<p>ニュースなどからダイレクトに伝わる時事ネタを「耳学問」として学ばせ、</p>
<p>キャスターのように説明させたりするのも語彙力向上に役立つはずである。</p>
<p>大学受験も評価基準が大きく変わろうとしている。</p>
<p>解答が１つとは限らない問題を解決する学力が求められている。</p>
<p>そんな時代だからこそ、「生きたことば」の習得を日ごろから意識して、</p>
<p>生徒たちと大人が双方向で関わっていく必要が大いにあるのだろう。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>備忘録</title>
		<link>https://surpass-rainbow.com/2016/03/24/%e5%82%99%e5%bf%98%e9%8c%b2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[surp-u-kanri]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 24 Mar 2016 04:16:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[2016]]></category>
		<category><![CDATA[知恵ーホフ]]></category>
		<category><![CDATA[３月]]></category>
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					<description><![CDATA[「終わったね。」 「終わりましたね。」 こんな１０字にも満たない言葉しか発することのできなかった新中一準備講座終了日。 それから数日経った３月２２日。 卒業遠足当日。 好天に恵まれた遊園地の敷地で無邪気にはしゃぐ生徒たち [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「終わったね。」</p>
<p>「終わりましたね。」</p>
<p>こんな１０字にも満たない言葉しか発することのできなかった新中一準備講座終了日。</p>
<p>それから数日経った３月２２日。</p>
<p>卒業遠足当日。</p>
<p>好天に恵まれた遊園地の敷地で無邪気にはしゃぐ生徒たちを見ていると、</p>
<p>嬉しさと切なさが交互に頭をもたげてくる。</p>
<p>「いよいよお別れか。」</p>
<p>この日は生徒だけではなく、これまでお世話になったご父母の皆様とも</p>
<p>数多く忌憚のないお話をさせて頂いた。</p>
<p>このような機会も思い出の扉に閉じられてしまうと思うと</p>
<p>何ともやりきれない思いに駆られてしまう。</p>
<p>「さまざまの／こと思い出す／桜かな」と芭蕉は詠った。</p>
<p>芭蕉の世界には到底及ぶべくもないが、私も桜を見るたびに、</p>
<p>かつての「さまざまなこと」を思い返し、すばらしき日々を想起していこうと考えている。</p>
<p>とは言え、記憶は風化しやすいもの。</p>
<p>忘却との戦いの第一歩として、</p>
<p>ここに４期生を「備忘録」として綴っておくことにする。</p>
<p>備忘録</p>
<p>私は忘れない　心が折れそうになるほど悔しそうなあなたの表情を</p>
<p>私は忘れない　周りの空気を気にして泣くに泣けないあなたの戸惑った口元を</p>
<p>私は忘れない　人知れず一人孤独に陥ってしまった時のあなたのずきずきとした痛みを</p>
<p>私は忘れない　己の気の弱さに打ちひしがれてしまったあなたのとめどない苦痛を</p>
<p>私は忘れない　気遣いで本当の自分を見失いそうになるのを必死にこらえるあなたの小さなこぶしを</p>
<p>私は忘れない　「そんなに強くないのに」と自分のふがいなさを嘆くあなたのうめきを</p>
<p>私は忘れない　腹の底から突き上がるあなたの爆発的な笑いの雄たけびを</p>
<p>私は忘れない　叱られても叱られても涙を浮かべながらもへこたれないあなたの打たれ強さを</p>
<p>私は忘れない　宿題を忘れテキストを忘れてもひょうひょうと受け流すあなたの豪胆さを</p>
<p>私は忘れない　授業中にレーザービームのように時折放たれるあなたの天然無垢な一言を</p>
<p>私は忘れない　心の素直さから泉のように湧き上がるあなたの純粋な笑いと感動の涙を</p>
<p>私は忘れない　アルバムには収めきれないあなたとの無数の言葉のキャッチボールを</p>
<p>私は忘れない　あなたのために陰ながら涙をこらえていたあなたの母の気丈さを</p>
<p>私は忘れない　あなたのことを人一倍気にしながらもひたすら守りに徹したあなたの父の愛を</p>
<p>私は忘れない　あなたとサーパスで過ごしたかけがえのない日々を</p>
<p>私は忘れない　今日というあなたの未来への旅立ちの第一歩の日を</p>
<p>本当に出会えて良かった</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>言葉足らず</title>
		<link>https://surpass-rainbow.com/2016/03/12/%e8%a8%80%e8%91%89%e8%b6%b3%e3%82%89%e3%81%9a/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[surp-u-kanri]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 12 Mar 2016 04:14:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[2016]]></category>
		<category><![CDATA[知恵ーホフ]]></category>
		<category><![CDATA[３月]]></category>
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					<description><![CDATA[１９９３年のことである。 アルバート通り（日本で言う銀座四丁目のような場所です）をぶらついていたら、 こじんまりとした果物屋が目についた。 買い物は億劫ではあったが思い立ったら吉日との思いで 店内に足を踏み入れることにし [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>１９９３年のことである。</p>
<p>アルバート通り（日本で言う銀座四丁目のような場所です）をぶらついていたら、</p>
<p>こじんまりとした果物屋が目についた。</p>
<p>買い物は億劫ではあったが思い立ったら吉日との思いで</p>
<p>店内に足を踏み入れることにした。</p>
<p>ところで、買い物が「億劫」というのはどういうことか？</p>
<p>それは当時、ロシアの買い物の仕方は日本とは大違いであったことに因る。</p>
<p>まさに旧ソ連式。</p>
<p>まず、棚に陳列されている品物を見定め、購入したい品物が決まったら</p>
<p>売り場の店員に伝票を書いてもらい、その金額をレジで提示して支払う。</p>
<p>そこで伝票に判を押してもらったら、もう一度売り場に戻り、</p>
<p>店員に伝票を見せるとようやく品物を手にすることができる。</p>
<p>現在のロシアでは、日本のスーパーのように、品物をカゴに入れて</p>
<p>レジで会計を済ませることが出来るが、</p>
<p>当時のロシアには依然として旧ソ連式が息づいていたのだ。</p>
<p>ただ、旧ソ連当時と違っていたのは「品数」である。</p>
<p>旧ソ連時代は、国営の商店は常に品不足に見舞われ、</p>
<p>店先には長蛇の列が続いていた。</p>
<p>たとえ気温がマイナス２０度であっても</p>
<p>ロシア人たちは１〜２時間は平然と並び続ける。</p>
<p>この光景にはさすがに驚嘆した。</p>
<p>かのナポレオンとヒトラーに打ち勝った精神は、この忍耐力にあるのであろう。</p>
<p>そこで私も何度かこの長い行列に並んでみた。</p>
<p>「ザチェム・オーチリチ？（何の行列ですか？）」</p>
<p>というロシア語は真っ先に覚え、</p>
<p>時には何の行列かも分からないまま並んだこともある。</p>
<p>何も分からぬまま小一時間並んでようやく手にした品物は</p>
<p>何と「アイスクリーム」という笑い話のような本当の体験もしたのも</p>
<p>今や昔の良き思い出である。</p>
<p>（厳寒のロシアで食べるアイスは超美味です。）</p>
<p>さて、果物屋に入った私は</p>
<p>とりあえずグレープフルーツを３つだけ買うことに決めた。</p>
<p>場所はアルバート通りである。</p>
<p>あまり手荷物がかさばるのは好ましくない。</p>
<p>早速、ソ連式の手順で購入手続きを始める。</p>
<p>ロシア語で「３」は「トゥリー」だ。</p>
<p>３本の指を店員に示しながら私は「トゥリー」と話しかけると、</p>
<p>いかにもロシア的な店員が「トゥリー」と鸚鵡返ししてくれた。</p>
<p>意思疎通に満足した私は気をよくしてレジで金額を支払い、</p>
<p>再び店員のところに戻り伝票を手渡した。</p>
<p>すると、先ほどのロシア的な店員は棚の方に振り向き</p>
<p>グレープフルーツを１つ２つと…あれ？何かが違う？</p>
<p>ロシア的な店員は３つを通り越してもさらにグレープフルーツを積み上げている。</p>
<p>私は恐る恐る「トゥリー」？と確認した。</p>
<p>するとロシア的な店員は無表情で「トゥリー」と回答するではないか！</p>
<p>一体どうなっているのだ？</p>
<p>しかし、その理由はすぐに解決した。</p>
<p>ロシアの常識では「トゥリー」と言うと３個ではなく３「キログラム」であったのだ。</p>
<p>自らの非常識の前になす術もなく、</p>
<p>私はアルバート通りを３「キログラム」のグレープフルーツと共に歩くしかなかった。</p>
<p>しかも、当時のロシアは皆マイバッグ持参が常識で、</p>
<p>日本のように紙袋などはもらえるはずもなかった。</p>
<p>その後、私がどのような惨めな姿でグレープフルーツを抱えて</p>
<p>アルバート通りを歩いていたかについてはご想像にお任せすることにする。</p>
<p>≪教訓≫</p>
<p>コミュニケーションの際には言葉を尽くして説明すべし。</p>
<p>察してもらえるなどとは決して思うべからず。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>楽観主義</title>
		<link>https://surpass-rainbow.com/2016/02/26/%e6%a5%bd%e8%a6%b3%e4%b8%bb%e7%be%a9/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[surp-u-kanri]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 26 Feb 2016 04:07:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[2016]]></category>
		<category><![CDATA[知恵ーホフ]]></category>
		<category><![CDATA[２月]]></category>
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					<description><![CDATA[新学年の授業がスタートしてから早３週間目となった。 受験の慌ただしさからようやく脱し、 最早どの教室内にも鬼気迫る雰囲気は残っていない。 新たな学年に進級したことで、気持ちが切り替わる生徒もいれば、 今まで通りの挙措動作 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>新学年の授業がスタートしてから早３週間目となった。</p>
<p>受験の慌ただしさからようやく脱し、</p>
<p>最早どの教室内にも鬼気迫る雰囲気は残っていない。</p>
<p>新たな学年に進級したことで、気持ちが切り替わる生徒もいれば、</p>
<p>今まで通りの挙措動作を繰り返す生徒もいる。</p>
<p>確かに進級というのは「ちょっとした環境の変化」のように見える。</p>
<p>ところが、実際には生徒にとっては大きな転換点であることに、</p>
<p>当の本人は気がつかない。</p>
<p>学習面では何よりもまず内容が高度になる。</p>
<p>当然のことながら分量も増える。</p>
<p>毎週カリキュラムをこなしていくというリズムには変化はないが、</p>
<p>単元を定着させるための労力と時間は確実に増加する。</p>
<p>しかしながら、自発的にモードチェンジできる「大人びた」小学生はあまりいない。</p>
<p>受験明けに元気いっぱいに扉を開けて、</p>
<p>前学年同様のモードで授業を受ける生徒が大多数である。</p>
<p>ところが頭の切り替えがうまくいかないと、</p>
<p>授業後、課題を持ち帰って今まで通りのペースで家庭学習をこなそうとするが、</p>
<p>思うように終わらず叱られ、</p>
<p>しかもテストの点数も前学年より落ちてしまい、さらに叱られ、</p>
<p>と負の連鎖がスタートする。</p>
<p>すると、生徒は「こんないやな状態はきっと、ずっと続くのだろうな。</p>
<p>勉強いやだな。どうせ勉強やったって点数取れないし。」</p>
<p>とマイナスのことばかりが頭に浮かび、</p>
<p>挙句の果ては、事前に模範解答を見て暗記していたり、</p>
<p>カンニングを行ってしまうといった安直な行動に走るようになる。</p>
<p>このような状況に陥った生徒は本当にかわいそうである。</p>
<p>では、この２月から３月にかけて生徒にとって大切な心掛けとは何か。</p>
<p>それは、これから１年間、常に心を「リニューアル」していこうと</p>
<p>生徒の腹を決めさせることである。</p>
<p>「今日の我に明日は勝つ」と美空ひばりの歌にもあるように、</p>
<p>これからの一年間、日々更新し、</p>
<p>今日よりも明日は「よりよく」なるよう前向きな心持ちにさせることが肝心である。</p>
<p>そのためには何よりも「楽観主義」でなければならない。</p>
<p>「楽観主義」の人は、どんなに辛かろうが、この状態はいつまでも続かず、</p>
<p>いつか乗り越えられるだろうと考える。</p>
<p>一方、「悲観主義」の人は、辛さが永遠に続くことを信じて嘆く。</p>
<p>したがって、「楽観主義」にならないと、</p>
<p>新学年移行というハードルを飛び越える意欲が湧かず、</p>
<p>先ほどの負の連鎖から逃れられないことになる。</p>
<p>とは言え、生徒はいきなり</p>
<p>「俺（または私）、今日から楽観主義に変身！」</p>
<p>とは叫ばない。</p>
<p>気持ちの切り替えにはどうしても周りの環境を整える必要があるだろう。</p>
<p>周りの環境とは、我々大人のことである。</p>
<p>我々が「悲観主義」であれば、生徒が希望を持つことはあまり期待できない。</p>
<p>我々がまずは心の「リニューアル」を図り、</p>
<p>寒さが依然として居残る初春に芳香を放つ梅のように、</p>
<p>生徒たちに希望を拡散させること、</p>
<p>これが、生徒が新たなるスタートを切る号砲となるに違いない。</p>
<p>（親御さん、「美空ひばり」でいきましょう！）</p>
<p>そして、生徒の皆さん、冬は必ず春になります。</p>
<p>どんなに辛くやっかいなことでも途中であきらめないことです。</p>
<p>続けることが大切です。</p>
<p>新中学１年生も新たな英語・数学に戸惑っているかもしれませんが、</p>
<p>始まった矢先から「苦手だ」云々と考えてはいけません。</p>
<p>まだ始まったばかりです。壁に跳ね返されている場合ではありません。</p>
<p>壁があったら乗り越えればいいのです。</p>
<p>すべては「気持ち」次第です。「楽観主義」です。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
